アメリカ追従路線はもう成り立たない


「親米」

我が国は戦後以来”同盟国”であるアメリカについていきました。

1945年とは我が国が敗戦した年であると同時に、「冷戦」が始まった年でもあります。

この事実は何を意味するのでしょうか?

我が国はその後飛躍的な経済成長を遂げ、先進国の仲間入りすることになります。

そして冷戦が終結し、ベルリンの壁が崩壊した時、1989年から「日米構造協議」が始まりました。

つまり冷戦の終結と日米構造協議の始まりは、軌を一にしていたのです。

これは何を意味するのでしょうか?

 

 

そしてグローバリズムという流れが止まりかけている現在と覇権国家アメリカの衰退は、我が国がどのような方向に行くべきなのかヒントを与えてくれている気がしています。

この記事では、戦後70年以上続けてきたアメリカ追従路線が終末を迎えている可能性があること、またはそのアメリカ追従路線が成り立たなくなっていることを考えてみたいと思います。


敗戦後の日本

敗戦後の我が国は、ご存知の通りGHQの占領政策を経て、1951年サンフランシスコ平和条約を結び「独立を回復」したことになっています。

アメリカはこの戦後間もなくという頃に何を考えていたのでしょうか。

私が考えるにアメリカとしては、日本が共産化し共産革命が起こる可能性があることを懸念していたので、逆に共産主義への対抗力として日本を育てようという考えがあったのだと思います。

 

 

日本が独立するまでの中で、アメリカは様々な支援を日本に行いました。

GATTの貿易協定でも日本に有利な条件で協定が結ばれたのです。

また当時はブレトンウッズ体制であったので1ドル=360円の固定相場制を敷いていたことも日本の経済成長に大きく寄与します。

恐らく日本のグローバリスト達が「自由貿易は善」と盲目的に推進しているのは、この頃の成功体験があるからだと考えられます。

この年代を生きていた世代の”保守”の方々にグローバリストの傾向があるのはこういった背景があるのです。

現在とは全く背景が違うのですが、彼らにとってこの頃の経済成長はある意味「誇り」となっています。

 

 

その上、軍事安全保障はアメリカが面倒を見ていましたので、日本は本来軍事に注がれるべきリソースが、民間に向かうことになりました。

新幹線を作った三木忠直氏は大日本帝国海軍の軍人であり技術者でした。

またSONYの創業者である盛田昭夫氏も帝国海軍の技術中尉です。




1950年には朝鮮戦争の特需があり、日本の経済成長に大きく寄与します。

この辺はしっかり考えておきたいですが、隣の国で同じ民族同士が殺し合いをしていたという状況の中、日本はそれを利用、あるいはその影響で、経済成長をしたことをどう捉えるかということです。

私は朝鮮も韓国も嫌いですが、向こうの人間からしてみたら民族同士の殺し合いを利用して儲けた連中と日本人に対して思うのではないかと感じるのです。しかもそれを「日本の誇り」とか言われたら、ふざけるなと思うのも当然だと、私は思います。

 

 

少し話は逸れましたが、1945年から5年間をまとめると以下のようになります。

1945年   ポツダム宣言受諾 (ブレトンウッズ協定発効)

1946年7月  米ソ対立表面化(日本を共産主義への対抗力とする、GATT発足)

1948年   日本経済の自立促進(外国の援助、経済振興、生産力増強)

1949年   経済安定化計画(ドッジ・ライン)

1950年   朝鮮戦争勃発(朝鮮特需が日本経済を促進する)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

と、こんな流れになります。

1945年から5年間の経済指標の推移はこのようなものです。

http://www.geocities.co.jp/yukyunoyakata/rekishi/sengo5nen.htm

から引用

米ソ対立が表面化していなければ、このような戦略が取られることは無かったはずです。

なぜならアメリカは大東亜戦争の経験から日本人に対して恐怖を憶えています。だからこそのWGIPひいては3R5D3S政策という占領政策だったのです。

占領政策の詳しい説明は、洗脳はエンターテイメントの顔を持つ

 

 

有り体に言えば、日本は飛躍的な経済成長を遂げましたが、アメリカの当初の予定ではほどほどの経済力で良いだろうと、日本が復興してもアメリカの脅威にならないことを前提として考えていたということです。

冷戦の終結後

ところが、現実にはアメリカの経済を脅かすほどの脅威となってしまった日本に対し、アメリカは、1973年ブレトンウッズ体制が崩壊して変動相場制に移行した後、1985年プラザ合意を締結することで自国の経済成長を図ります。当時は日米貿易摩擦という言葉が流行っていました。

そしてベルリンの壁崩壊、冷戦が終結した1989年に「日米構造協議」が始まるのです。

アメリカはこの時点でソ連という脅威がなくなったことで方針を転換していることが伺えます。

 

 

 

 

戦後日本を支援してきた理由は、日本に共産化の恐れがあったことで、日本がソ連側に組み込まれることを懸念したからに他なりません。

この時点でのアメリカの脅威は「ソ連」だったのです。

しかし、冷戦の終結でソ連という脅威がなくなったことでアメリカの一極主義体制が始まり、1989年と軌を一にして日米構造協議が開始されたということです。

 

 

 

これは、「アメリカが日本を喰いにきた」ことを意味しています。

そこからバブル崩壊、金融ビッグバン、緊縮財政、デフレ経済の幕開け、

日米構造協議は年次改革要望書と姿を変え、新自由主義的な政策(グローバリズム)始まりました。


「日米同盟の強化」という妄言

90年台、アメリカは覇権国家としての地位を満喫しました。

しかし、2000年台は911事件からのイラク戦争という傍若無人なアメリカの態度から始まりました。

アメリカが表向き「中東を民主化する」というキチガイじみた野望を持っていたことは確かです。

表向きの主張がキチガイじみてるというのはどういうことなんだという話なんですが、もっとも、この言葉の真の意味は「石油が欲しい」だったのだと私は理解しています。

イラク戦争の後アメリカは、覇権国家としてのパワーを失っていきます。

 

 

 

そして、2015年、当時のオバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」という発言をしたのです。

因みに日本はイラク戦争に賛成して、アメリカの力を落とすことに、知らずに手を貸しました。また知らずに自分の首を絞めました。

90年代から日本はグローバリズムの名のもとに、中国に工場を建設し、中国で作った製品を逆輸入という形で、日本に入れていきました。

 

 

 

見逃してはならないのが、中国が年率10%という経済成長を達成している頃に、それと同じかそれ以上に軍備を拡大していたことです。

その頃、我が国は財政健全化を理由に一貫して軍事費をGDPの1%に維持し続けました。

そんなことを10年以上続けてきたのです。勝てるわけないじゃないですかって話になります。

話を戻しますが、覇権国が世界の警察官を辞めるということはグローバリズムの終焉を意味します。

グローバリズムとは世界中の国境を無くし、ヒト・モノ・カネの移動を自由にしましょうということです。

しかし、その移動の自由を確保、担保するのは誰なんでしょうか?

それが覇権国家の担う役割です。

 

 

中国が南シナ海や尖閣諸島に対する領土的野心を表に出したのは明らかにリーマン・ショックの後です。

中国としてはアメリカが弱った今がチャンスとばかりに、侵略を開始したのです。

尖閣諸島などの問題は主にエネルギー問題です。

メタンハイドレートという地下資源の強奪という目的もありますが、中国の真の狙いは中東からシーレーンを通って運ばれてくる石油の”遮断”です。供給を断つという戦略は「戦わずして勝つ」ことの王道です。

つまり日本のエネルギー安全保障の問題だということなのです。少なくともそういった側面はあります。

 

 

 

このブログを読まれている方には言うまでもないことかもしれませんが今もまだエネルギー安全保障上の問題ではないとしている連中もいますし、我が国は原発を動かしきれていません。

これがどういう意味を持つか考えなくてはいけないのです。

もちろん安全性などの問題もあるかもしれませんが、安全性を確保する前にエネルギー安全保障上の問題で民主主義すら失われる可能性だってあるということも考えた方がいいのではないかと思うのです。

こういった問題の対策をこれまで我が国は「日米同盟の強化」でお茶を濁してきました。

 

 

 

しかし、よくよく考えれば、というか考えなくてもわかることですが、アメリカの力が落ちている現実を見れば、「アメリカは中国と、事を構えたくない」と思うのが自然です。

そうだとしたら、アメリカの取る戦略は内向きにならざるを得ないのです。

アメリカとしては、太平洋と大西洋に囲まれて、アメリカ大陸ではシェールガスなどの資源も出ます。
21世紀の中東はアメリカ大陸だと言われているくらいです。

更に、食糧は輸出しているぐらいですし、軍事は世界最強です。

アメリカにとって観れば、我が国の抱える尖閣諸島や竹島、南シナ海、東シナ海などの問題は自国のことだけ考えるならば、

アメリカには関係ない

と言えてしまうのです。

 

 

 

アメリカの安全保障のレベルは我が国と雲泥の差があるほどバッチリですからアメリカ一国の問題はそれなりに解決できます。

他国の問題に首を突っ込むから、こんなことになるんだということがアメリカ国内で言われてきたのはその為です。

テキサスA&M大学のクリストファーレインはオフショアバランシングを提唱しています。

オフショアバランシング

そのオフショアバランシング戦略をアメリカが取り始めていることに気付かなくてはいけないですし、

だとしたら日本が取るべき選択は

「もし、アメリカが日本を守ってくれなくなったら?」

を一刻も早く議論しなければいけないはずです。

ところがお察しの通り誰もしてないのです。

日米同盟の強化」ということで、アメリカ国内に日本の資金で51兆円のインフラ整備をするのかもしれません。

 

 

 

日米同盟の前提というのは「アメリカが強いこと」です。

アメリカが弱くなったら日米同盟の前提はひっくり返るのは言うまでもないことです。

アメリカはアメリカの国益で動くわけですから、日本を守ることが国益で無ければ、守りません。

グローバルトレンド2030では、いくつかのシナリオを用意していますが、中国は元々、東アジアの覇権を取りたいと言っていました。

有り体に言えば、中国とアメリカの二大覇権で世界を支配しましょうということです。

TPPは日米同盟の強化として安全保障になると言っていた戯けどもは何を考えていたんでしょうか。

 

 

 

日米同盟の強化、進化」という言葉は最早、国民を騙し、アメリカの要求を呑むための方便、つまり「」です。

「アメリカが守ってくれなくなったらどうするの?

じゃあアメリカの要求を呑むしかないじゃん。」

実に簡単な話です。

この先は、言わずもがなですが、規制緩和、民営化などの構造改革です。

こういったことを本来はマスメディアが問題提起するべきですが、なぜか一個人がブログに書くということが、どれほど我が国が「重症」であるかはお分かりいただけると思います。


まとめ

日本が経済成長した大きな理由は「冷戦」だったこと、朝鮮特需、日本国民も死ぬほど働いたから

冷戦が終わったことでアメリカの方針も変わった

アメリカに日本を守る力も意思もない

日米同盟は機能しなくなる

日本は未だ「冷戦構造のまま」アメリカに追従している

「アメリカが日本を守ってくれなくなったら」を考えなくてはいけない

ということになります。

 

 

アメリカ追従路線が成り立たないことは明白です

手遅れ感は否めませんが、それでもやらなくてはいけないことです。

国家運営は軍事、安全保障、経済、外交、地政、文化、言語、など様々なことを考えなくてはいけないはずです。

しかし、我が国は1945年から、アメリカが守ってくれる為に本質的な「自主防衛」を考えてきませんでした。

経済と安全保障は切っても切れない関係にあることを我が国は忘れてしまったのでしょう。

そのツケが今、回ってきたのかもしれません。

自民党清和会の方々はどうなさるおつもりでしょうか?

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