グローバリゼーションの正当性


「ない」

と言っては身も蓋もありませんが、普段私がグローバリゼーション、グローバリズムの危険性を指摘していることで、現在行われているグローバリゼーションの方向が100%間違っているという誤解も出てきてしまうかと思います。

私は、「グローバリズム」それ自体には別に反対しませんが、「行き過ぎたグローバリズム」に反対しているのです。


行き過ぎたグローバリズム

行き過ぎたグローバリズムとは「国民を貧しくする政策」を指します。

経済とは経世済民です。

つまり、”国民”が豊かになるためという大前提があります。

国民が豊かになるとは、「国民の所得を上げること」と同時に、国民の生活水準を上げることです。

仮にグローバリゼーション、グローバリズムが、日本国民が豊かになるための方策なのであればまだ許せますが、ところが今回の第二次グローバリズムはそうではありませんでした。

現在のグローバリズムは第二次でありまして、ご存知の通り、アメリカが覇権国として存在しています。

第一次グローバリズムでの覇権国はイギリスでした。

当時のグローバリズムの中でも悲惨な目にあった人間は多くいたのです。

イギリスがインドに行ったグローバリズム攻勢は、インド人の命を戦争さながらに奪ったのです。

帝国主義とグローバリズムは根がひとつ

具体的にはプランテーションといった方法で”所得”を海外から収奪するといった方法を取りました。

詳しいことは上記の記事で書きましたので参考にしてみてください。

その時のグローバリゼーションではイギリスは豊かになっても、インドからしてみれば堪ったものではないことは明白な事実です。

一口にグローバリズム、グローバリゼーションと言っても、それが善か悪かというのは

「国の事情で全く違う」ということです。


グローバリズムの前提

グローバリズムの政策は新古典派経済学を前提としています。

つまり、「緊縮財政、小さな政府、、財政均衡、規制緩和、構造改革、民営化」といった前提があるのです。

現実のグローバリゼーションはこれら経済学で正しいとされる教義を現実に合わせようという社会実験です。

ところが、主流派経済学には、安全保障、民族、文化といったような、現実では当然に存在する概念や問題を無視している学問です。

言うなれば「個人」のみを前提に経済を考えます。


グローバリゼーションはデフレの国が行うべき政策ではない

先ほど挙げた「緊縮財政、小さな政府、、財政均衡、規制緩和、構造改革、民営化」という”考え方”は経済学では常に善です。

しかし、「緊縮財政、小さな政府、、財政均衡、規制緩和、構造改革、民営化」といった政策は我が国のようなデフレ期には間違いということになります。

これらの政策が及ぼす影響は、「供給の増加」です。

デフレは需要の不足です。

言い方を変えれば、「供給過多」です。

我が国では、デフレは「貨幣現象」だとして異次元の金融緩和政策をしましたが、2017年3月のインフレ率(総合消費者物価指数)は対前年比で+0.2%、コアCPI+0.2%、コアコアCPI△0.1%となっています。

以下のリンクからインフレ率の中身を観てみるとやはりデフレ化しているようなのです。

総務省統計局

 

 

どうやらリフレ派の言う貨幣現象の貨幣の定義はやはり「マネタリーベース」であったのだろうと思います。

マネタリーベースとは、「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」のことです。

つまり通貨を「発行」することだけでデフレは脱却できるということだったのでしょうが、できなかったという結果となったのです。

通貨を発行」するだけでインフレ率が上がるわけがないのですが、彼らはそれを信じたのでしょう。

浜田宏一氏はシムズ理論に「目から鱗が落ちた」と言って宗旨変えをした様子ですが、未だデフレは貨幣現象という方が多くいるようです。

通貨を発行する=マネタリーベースを増やす”だけ”でインフレ率が上がらないことなど、考えなくてもわかることです。

仮に日本円を実際に1000兆円発行し、紙幣として刷ったとして、その刷った紙幣1000兆円を、広い場所にただ置いておきましたとした場合、物価に与える影響は、どのくらいなのでしょうか?

「無」に決まってます。

当たり前です。

物価が上がる時というのは物が多く買われた時です。

しかし、こんなこともわからなくなってしまっているのが日本社会です。

グローバリゼーションのメリットを受ける国

グローバリゼーション、グローバル化のメリットを受ける国というのは「発展途上国」です。

発展途上国というのは、全体の所得が先進国より少ないわけです。

そこで、ヒト・モノ・カネを海外から受け入れることによって、先進国のダイナミックな資本主義によって雇用が生まれ、所得が上がりその途上国は豊かになります。

中国なんかは典型です。

90年代辺りから日本の企業が生産拠点を低賃金労働のできる中国に移すケースが増えていきました。

中国で生産した安い製品が逆輸入といった形で日本に流入し、その製品を日本人が安さを求めて購入する。

その結果、日本の雇用は失われ、所得は中国の労働者に奪われるという構図が生まれるのです。

日本への影響はまだグローバリズムの影響というよりは、デフレ化でのインフレ対策を行った影響という側面が強いように思えます。

日本への対内直接投資は国と比較すると少ないと言えます。

http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2015/2015honbun/i3310000.html

対内直接投資とは日本国内へ外国が資本を投資することです。

対内直接投資はとりわけ新興国が受け入れる傾向にあります。

これを見る限りではグローバル化しているとは我が国はまださほどグローバル化していないと言えるのですが、デフレ下といった特異な環境でグローバリゼーションの方向に向かっていることで、グローバリゼーションのデメリットが際立つのでしょう。

グローバリゼーションが生み出す問題

格差

先ほどの中国の例で示したように、日本国民の所得は低下してしまうことや雇用が失われるといった問題から、新たに生まれるのは、「格差」です。

格差が広がるとは、具体的には中間層が減り高所得者と低所得者の所得差が広がることです。

グローバリゼーションは供給を増やす政策を取りますから、逆に言えば「デフレ促進策」ということになります。

デフレ期の高所得者層は多大な恩恵を受けます。

すでに多くの日本円を持っているので、デフレのままであればその持っている日本円の価値が下がらないということです。

むしろ持っているだけで価値が上がっていくこともあるのです。

そこで消費増税という国民から平等に徴収する不公平な税金を取ることで、消費を減らせばデフレは固定化していきます。

消費税が不公平な理由は、毎月100万円を稼ぐ人も、毎月20万円しか稼げない人も、物を購入すれば平等に支払わなければならない税金だからです。

この場合であれば、所得から消費に回る割合を両者で比較すれば10万円生活費がかかるとしたら、前者は10%、後者は50%ということになります。

だから不公平だということです。

これを消費性向と言ったりします。

デフレ経済であるにも関わらず消費を抑えるような政策をする上で、グローバリゼーションという供給を増やす政策を推し進めることで、デフレが固定化されたのです。

その結果、富めるものはより富んでいき、貧しい者はより貧しくなるという結果がもたらされました。

格差が大きくなれば大衆は富裕層や権力者など力を持つ者に対して不満を貯めていきます。

デフレ経済でも同様です。

そうなることで、ルサンチマンが醸成されていき「自分達が苦しいのだから富裕層や権力者も苦しめ」とばかりに、誰かの足を引っ張ろうとします。

そのため、デフレ脱却のために不可欠な財政出動をすると「政府の無駄遣い」となり、緊縮財政路線が善という空気になってしまうのです。

緊縮財政が行われることで大衆は自分の首を締めているということまでは考えません。

ルサンチマンを貯めた大衆は、ルサンチマンを煽るプロパガンダに騙されやすくなります。

メディアの情報操作手法を公開します

格差が広がることでこのような状況になってしまうのです。

これが第一の問題点です。


覇権国家への挑戦

このグローバリゼーションの問題点として、挙げられる最も大きな対外的問題は、

「成長した途上国が覇権国に挑戦するようになること」です。

先ほどの中国の例では、日本の企業が生産拠点を中国に移し、所得を得たことで、中国は豊かになりましたがそれと同時に、中国政府は軍事費を拡大していきました。

日本は一貫して軍事費を減らし続けました。

その結果、中国がリーマンショック後にアメリカが弱ったタイミングをここぞとばかりに尖閣諸島に進撃してきたのです。

さらにオバマ元大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と言ったことで、領土的野望を表面化させたのです。

グローバリゼーションは100年持ちません。

理由は簡単です。

覇権国家がグローバリゼーションと言って途上国の成長を促進させることで、必ずその途上国のどこかが、その時の覇権国に挑戦するようになるからです。

第一次グローバリゼーションでは、イギリスが覇権国として君臨していましたがドイツが台頭してきました。

それから、二度の戦争を戦い是正されていったのですが、また人類は同じことを繰り返そうとしているといった実に悲しい事態になっているのが今なのです。

前回と違うのは「核の存在」です。

その為、全面武力衝突ということになるとは考えにくいですが、グローバリゼーションの観点から言えば、国家間の摩擦、利益の衝突、国民と国家の利益が一致しなくなるということが原因として見えてくるのです。


民主主義の否定

更に大きな問題として、対内的には「国家主権」がなくなることが大変な問題なのです。

グローバリズムとは、ヒト・モノ・カネの自由な移動をできるだけ強めようという考え方です。

自由にやろう」というのではなく「自由にやろうというルールを守ろう」ということです。

その為、「自由にやろうというルール」が決まる時は政治力で決まるのです。

つまり、グローバリズムを維持する為には「ルールを守らせる覇権国」が必要となるのです。

それがアメリカだったのですが、アメリカの軍事力が中国の台頭によって”相対的”に落ちてしまったということで中国があれだけの傍若無人を働けるのです。

話を戻しますが、国内のルールを決めるというプロセスは我が国のような民主主義国家では、選挙を通して国会議員が議論を尽くし、ルールが決まっていきます。

その民主主義によって決まる国内のルールを他国の軍事力を背景とした政治力で決まってしまっては、これは最早、「侵略」です。


グローバリズムによって「国家の主権」がなくなるということ

となると、グローバリゼーションとはその時の覇権国家の世界統一の為の手段という可能性が出てきます。

武力を使わずに国家の主権を取り上げ、さらに大衆の所得も平準化し、監視システムを強化していった結果は、正に、「ニューワールドオーダー」の考え方そのものです。

所得が平準化し、国民主権がなくなるという構図は、まるで

共産主義」です。

グローバリズムと共産主義の親和性の高さはここにあります。

グローバリズムを推進することによって共産主義的な社会が生まれるのです。

しかし、表向きグローバリズムは共産主義という顔を一切見せず、新自由主義という一見”保守的”な顔をしながら推進します。

グローバリズムは帝国主義的に各国を支配し、結果、覇権国

のルールに従う共産主義国家を生み出すのです。

グローバリズムが進めば民主主義が破壊されることは明白です。

グローバリズムの果てに民主主義が破壊される


まとめ

グローバリゼーションの正当性、メリットは

「発展途上国が雇用や所得の増大」

として受ける。

デメリットは、

「格差」

「途上国が覇権国に台頭する」

「民主主義の否定」

「世界が共産化する可能性がある」

となります。

デフレ脱却をするならグローバリゼーションという選択はあり得ません。

需要が多く供給が少ない状態であればグローバリゼーションのメリットを受けることもあるでしょうが、今は無いですし、あったとしてもそのメリットの為に払う犠牲が大き過ぎるので、どうあっても今は賛同できない考え方です。

早急に国債発行をし、財政出動をしなくては我が国は発展途上国に成り下がります。

インフレ率が上がり、実質賃金が上がり、実質消費が上がれば、その時に緊縮財政をすれば良いのです。

グローバリゼーションで供給を増やしても、国民は疲弊するだけで、マジョリティにとって何も良いことはないでしょう。

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