これを支配すれば統治できるよ〜大衆の取扱説明書〜


前回、大衆支配のやり方ということで、主にガーター勲章と中央銀行について考えました。

大衆支配のやり方〜大衆の取扱説明書〜

前回の冒頭で、大衆に対して何を使うか?ということで書き出しました。

今回は、大衆支配のために、何を支配すべきかということについて考えてみたいと思います。

これは確実に管理することとして書きます。

例によって悪魔気分で書きますので、ご理解のほどお願い致します。


支配、管理すべきモノ

暴力

軍隊、警察等の暴力装置を設置します。


貨幣

貨幣、金融を支配して、経済をコントロールします。

これで人間の生殺与奪を決めることができます。


食料

食料は誰もが生きていくために必要なものです。

これを支配することで大衆はコントロールしやすくなるます。


エネルギー

エネルギー資源を金融の力を使って支配します。

資源は、経済の要素ですので、資源がなければ生産できません。それをコントロールします。


食料と理由は同じです。

但し、水の場合は食料よりも上位の優先順位とならざるを得ません。


医療

医療をコントロールすることで、医者が知らないうちに患者を殺すように仕向けること、病気を増やすことができるので、人口の調整をすることができます。

”医者になるためのテキストを作る”


物流

鉄道や航空、郵便等の物流を管理します。

これで、経済の要素であるモノの管理と国民の情報、企業情報を検閲します。

道路を整備し、一定の場所に物が集まるように計画する。


情報

ロービングバグやウイルス等を利用し、国内の人間の通信を監視する。但し、大衆に監視していないと思わせるほどの情報統制や教育が必要。


土地

土地や建設を管理し人口を分散させたり、集中させたりすることで、経済を管理しやすくする。


選挙(民主主義国家)

”票を数える”人間を統治者の方で指名する。





管理すべきことを簡単に書いてみました。

ここでかの有名なヘンリーキッシンジャーの言葉を見てみましょう。

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食糧供給を支配する者は人々を制す。

エネルギーを支配する者は全大陸を制す。

貨幣を制する者は世界を制す。

―ヘンリー・キッシンジャー(1973年)―

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あら怖いといったところでしょう。


ところが我が国は、食料に至っては農協改革を断行し、最近は種子法廃止、水に至っては水道民営化という暴挙に出ました。

国内の食料需要を国内の生産力で満たすことは「食料安全保障」です。

その上で、国外からも輸入することで、インフレ率を下げたり、本来国家政策である食料生産の生産性向上を図ることができます。




国内で余った食料は、海外に輸出します。

赤字で構わないのです。ダンピング輸出をすることで、輸出先の国を自国の食料生産に依存させる、あるいは依存度を上げることで、その国との交渉力が飛躍的に上がります。

我が国の現実を見ればわかりやすいと思いますが、アメリカに軍事を握られているということで、米国は他の経済交渉でも優位に立てると考えているからこそ、日本を軍事的に独立させないようにしたのです。

米国からてみれば世界一厄介な国が我が国ですから、軍事安全保障を独自に日本にやらせないことは国益となるのです。


大衆を支配する前提 流される人間を作ること

大衆が「愚民」であることです。



愚民の定義は、

「政治的なことを考えず、生活のことや自己のことのみを考える民」

のことです。

怠惰な生活をしているといったイメージかもしれませんが、より正確に言えば、

「風潮に流される国民」

です。

流されるということは、「考えない」ということです。

考えないように大衆をコントロールするためには、統治者は、大衆の思考力を強めない教育政策、例えば「暗記中心」の受験制度を学力判定の基準にする必要があります。



不思議に思ったことはありませんか?



選挙は字から判別し自動集計ができるのに、なぜ受験は主にマークシート方式なのか?

日本人の個性とか個が確立していないとか言われて久しいのにも関わらず、「答えの中から選ぶ」という行為は、それ以外の思考を遮断してしまうものと私は考えます。

と言うか、何かやましいことでもあるのだろうと思ってしまいます。




流される人間に対する風潮(流れ)を仕掛けて、それを、所有しているメディアで垂れ流し、”世論”を作ります。

メディアの情報操作手法を公開します



トレンドセッターと言えば聞こえは良いですが、要は、民主主義国家では、情報を持ち、その情報を大衆に伝える力が大きい者が勝つようにできている政治システムです。



洋服なんかも「今年は何が流行る」と毎年騒がれますが、要は、ファッション誌等の影響力のある媒体で「予め決められた流行」を決定し、情報発信すれば、ノセられてしまう人は一定数いるということですね。誰がその流行を決めているかなんてどうでも良いことだと彼ら彼女らは言うでしょう。


かつて電通の吉田社長が言い放ったとされる言葉があります。

世の中、めあき千人、めくら千人、残りの8千人はバカである。市場とはこのバカによって構成される。」

その通りだなと思わざるを得ませんが、だからこそ、民主主義制度というのものはこの情報を司る立場の者、つまり統治者に有利な政治システムだということなのです。



うまいこと「流された」大衆は、”自分で選択した”と思い込み統治者の手の上で踊らされ続けるのです。


貨幣を支配することの意味

お金を支配することで、大衆に「金が無いと生きていけない」とか「世の中カネ」だと思わせることが重要です。

金は、物質的な欲望は満たすことができます。

ユダヤ人の教えにもありますが、「金は本質的なもの以外はなんでも買える」ということです。



この”本質”から大衆の目を逸らさせることが「大衆の統治の手段」でもあるのです。

金が世の中の全てであれば、金を持っている者が常に「偉い」「強い」「正しい」となります。



実際に我が国はそうなっています。


金を持っている者が「凄い人」となります。



やれどこの社長の所得がいくらだとか、年収の高い企業ランキングだとかが重要視されています。

デフレで国民が疲れているのだろうと思いますが、デフレに慣れて、他者の足を引っ張ることで溜飲を下げ、結果、自分の首を締めるという実に情けない事態になっているのです。




実は金がなければ生きていけないというのは「錯覚」であり「思い込み」です。

実際、お金がなくなってもなんとかなってしまうのです。




しかし、金が無いということの恐怖を大衆に植え付けることは、統治者にとって非常に重要なことです。

金のある無しで殺し合いまで発展するわけですから、こんな危ないツールを使うことそれ自体が疑問ではあります。



こういったことを言うとじゃあ物々交換の方が良いのかというよくある反論がありますが、言い訳ないだろという話です。

実は物々交換で経済が成立していた時代など確認されていません。

貨幣の説明の時にはややこしくなるので、その説明は省いていますが、なんとなく誰もが物々交換で経済が成立していた時代があったと信じているので、あえて否定する必要もないというだけのことです。




私は、通貨はツールであり、”ツールに支配される人間”が多いことを問題視しているだけです。


貨幣は”発行”されてます。

では誰が発行するのか?


銀行です。


ではその銀行を所有しているのは誰なのか?

個人や企業です。



その個人や企業が所有している銀行は誰に管理されているのか?

中央銀行です。

その中央銀行を所有しているのは誰なのか?


株主です。

その株主は誰なのか?

日本銀行は政府が55%の株式を持っていますし、日銀法によって株主は議決権を行使できません。

会計上も日本政府の子会社です。

しかし、日本政府に影響を与えている者も間違いなく存在しているのです。

仮にそれが”個人”だとしたら、個人に通貨発行権という絶大な権力が集中している可能性があるということです。

もしそうなら、国家も何も関係ありません。



この前提に立てば国家政府というものは、通貨発行権を有する者の、「子会社」とか「奴隷」ということになってしまいます。


かつてマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは言いました。

私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」

と。

仮に、その辺のホームレスがこの言葉を言ったとしたらどう思いますか?

ホームレス

「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」


何言ってんだこいつとなる人がほとんどではないでしょうか。


モノは何を言うかより誰が言うかが、社会では重要とされます。

しかし、現代では権威や肩書きなど全く意味のない、また肩書きや権威が大衆によって暴かれる時代になってきていますので是非、自分の頭で考えてみてください。



貨幣を支配すれば、どことどこが戦争して、どこの国が豊かになって、どこが貧しくてとか管理することができてしまいます。

それは言いすぎだという反論があったとして、仮にそうだとしたら、各国の中央銀行を自己の影響力が及ぶ中央銀行に変革させることには辻褄が合います。



新世界秩序に”中央銀行”の設立は必要不可欠です。

なぜ執拗に、中央銀行をあちこちで設立させるのか、そんなつまらないことする意味が一般人である私には全くわかりませんが、おおよそこのような目的(大衆支配)があるのだろうと思うのです。

普通に考えてあると私は考えます。


何故、本当のことを言っても大衆は受け入れないのか?

洗脳されているから」、あるいは「政治のことを気にしてられないほど生活が逼迫しているから」が大きな理由と考えられます。

是非、試していただきたいのですが、このブログを読むような方が、芸能ニュースで綺麗な言葉をコメントしている人間を見たら、どのように考えるでしょうか?

概ね、「興味がない」でしょうが、「そんなことしている場合か!」とか辛辣に「アホか」と思ってしまうかと思います。


私も色々と試してみましたが、彼らには本当のことを言っても聞き入れること、考えることができません。がっつりこのブログでいう洗脳が行き届いているのです。


自分の幸せに繋がることを追い求めるという習性があるので、それに当てはまらない意見や事実からは目を逸らすか、認知的不協和によって全く意に介しません。

彼ら彼女らにとっては、本当のことを言う奴など、「自分の幸せを壊す悪魔」くらいにしか認識できないのです。



是非、ジャニヲタにジャニーズの真実的なことを言ってみてください。

概ね発狂してきたり、意味不明な言葉をぶつけてきます。

彼女たちにとっては”神”を否定されているのと同じことなので、本当に行う場合、相当な注意が必要です。

アイドルが好きな自分が好きというような感情も垣間見えます。

これが3S政策の結晶です。


また、受験戦争を勝ち抜いた人達も、自然と統治者の施した洗脳が強くなります。

基本的に暗記とマークシート、限定された見解や理解の中でのみ”正解”となる環境が受験戦争というものです。

ある種の考え方を「正解」として大衆に認知させることも統治行為としては、適切な方法とも言えます。




そのような人間が本当に8割もいるのであれば、我が国を良くすることなど不可能です。

世の中、めあき千人、めくら千人、残りの8千人はバカである。市場とはこのバカによって構成される。」

という言葉を、冒頭にあげましたがこれは本当にその通りなのです。

そして、政治家やメディアが適当なことを言って空気を作り、それに流された大衆は、自分で選択したと錯覚し、それまでよりも更に、苦しい人生を強いられることになっていくのです。



小泉純一郎の郵政選挙では、いわゆる”B層戦略”が取られました。

これは「マーケティング」です。

画像

これはマーケティングにおいては”クラスター分析”と呼ばれるものです。


様々な集団を、似たカテゴリを集めて分類しようというものです。

そしてターゲットが選定され、そこにマーケティングミックスを施します。



マーケティングは科学です。

科学ということは、前提が変わらないということです。

その前提をひっくり返すということが、大衆の覚醒めとなるのですが、3S政策、WGIP、パネルDジャパンの威力はこの事実を言ったからとて、消化できるものではないでしょう。

本当に、米国はとんでもないことをしてくれたと私は感じますが、それ以上に情けないのは日本国民です。




保守とか言われている政治家が総理大臣ですが、やっていることは売国行為もあれば、単にアメリカ追従です。

それを持て囃す保守層の国民は、未だに共産主義者や韓国、朝鮮、中国を非難しているだけの反左翼でしかありません。

米国からしてみれば、「良い子ちゃんの国民に仕上がったね」ぐらいにしか思ってないでしょう。

実に悲しいことです。


まとめ

二回に渡って、大衆をコントロールする技術を見てきましたが、もっと細かく説明したいことも多いので、それらは次回以降に書いてみたいと思います。

私は別に、大衆を統治することそれ自体が悪だとは考えていません。全否定もしません。

必要なこととも思っています。


しかし、統治者が奴隷として大衆を利用としているならそれは問題だと思いますし、そうであれば大衆は統治者から”やられっぱなし”ということになってしまいます。



国民と統治者は本来”一体”であるべきだと思いますし、かつての日本はそうであったのだと、少なくとも今よりはそうであったと考えています。八紘一宇という言葉もあるぐらいですからそうなのでしょう。

”政府と国民が分離する”ことはそれはもう国ではありません。

見方を変えればこれが、「グローバリズム」というものです。




大衆をコントロールするためには、自分は自由だと思わせ、自由を奪い、奴隷だと気付かせずに奴隷とし、不要な知識を与えて知恵を殺す。

一言で言えば、このようなものです。

我が国は様々なものを奪われてきました。

しかし、人は本質的に他人の「知識」は奪えません。


大衆が知識を得て実践し、真実を求めようとすれば、ひどくなるスピードは少しは遅くなるかもしれないということで、このような記事を書いてみました。

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