マスク着用やソーシャルディスタンス、フェイスシールドなどを励行する「新しい生活様式」報道が散見されますが、なにやらマスメディアサイドも自らが発信する情報が視聴者に信じてもらえていないと考えているのか焦りのようなモノを感じます。
他の記事で既に書いたかもしれませんが、コロナウィルスは「新しい生活様式」=SDGs、スーパーシティを想定した社会変革と大衆の意識変革を目論んだショック・ドクトリンだということです。
その根底には、ビル・ゲイツのワクチンからも理解できる優生思想が存在しています。
優生思想の歴史はお調べになっていただくとして、最近では既に「優生」、「劣勢」という言葉は使われなくなっています。
新自由主義と共産主義の作り出す未来〜優生学は現代に存在する〜
優生を顕性、劣勢を潜性といった言い換えですが、このように言葉を変えることによって、人々の言葉に対するイメージを変え、更にその言葉しか知らない人は、歴史も調べることが出来なくなるのです。
コロナウィルスが壮大な茶番劇であることは、別に医療関係者でなくても、医学、感染症の専門家でなくても察しがつきます。
なぜなら、「教えてくれている」からです。
挑発とも言えるほどわかりやすいものです。
流石にミュージシャンのYOSHIKIとIPS細胞の山中教授の対談はふざけ過ぎだと思いますが、それほどまでに大衆は虚仮にされ、嘲笑われているということなのでしょう。
彼らは両建て戦略、正反合を用いますから、必ず大衆にヒントとなることを複数与えます。
気付く一般人と気付かない一般人があーでもないこーでもないと無駄な議論を闘わせてみたり、個人における情報量の差異から、罵倒し合ったり、憎しみ合ったりして彼らに視点がいかないようにする分断統治的な目的もあるのでしょう。
それに加えて、彼らは「ヒマ」なのです。
物質的な快楽は全て経験したでしょうし、もうワクワクすることがないので、世界を舞台にした現実の娯楽として楽しんでいるのでしょう。
「安全であることの愉快さ」は自分以外が危険な目やひどい目に遭っていることで、真に実感できるといったことがあります。彼らは様々な刺激を体験し半ば不感症のようになっているように私には写ります。
言うまでもないことですが、彼らエリートは優生思想の持ち主です。
エリートの立場から世界を観てみると、
「自分は良い家に生まれた選ばれた人間である」
「自分は努力して現在の立場になった」
「この世界は弱肉強食なんだから弱い者は淘汰されても仕方ない」
「生まれた家は運に過ぎないが、運も実力のうちである」
「エリートの立場になれるということはこの世界で人よりも努力してエリートになれたのだから、エリートが世界の方針を決めることは当然であり、エリートは地球全体のために努力もしなかった無知な大衆を導く義務がある」
などといった思想を持っているであろうと推測できます。
正に、新自由主義、グローバリズム、優生思想丸出しの考え方ですが、決してこれは大げさではないと考えます。
エリートと会話すると言葉の端々に大衆を見下す言葉やニュアンスを感じ取れます。
今どきエリートに会うことなど簡単ですから、是非会ってみて確認してみてほしいところです。
私はよく日本銀行の目と鼻の先にある外資系ホテルの上階にあるバーでそういったエリートと会って会話しました。
時々、ロスチャイルド一族の人もいました。
どこのロスチャイルド家かは知りませんが…
流石にロスチャイルド家の人とは話せませんでしたが、あの辺りは兜町が近い金融街ですから、普通にその辺に金融関係者がいるのです。
そのエリート達はエリートのみを仲間と認識しています。
一般庶民を仲間とは1ミリも思わないでしょう。
仕方ありません。
一般人も自分の家族や友達、仕事仲間などの自分の目に見えるコミュニティにしか関心がないのと同じです。
しかし、一般人にはひとりで社会を動かす力はありませんし、タルムードのような一部邪悪な教典を実践することもありません。
優生思想の極致、最大の差別とも言える教典は、他宗教を家畜、ゴイムと言い切るタルムードでしょう。
本来、優生、劣勢などの評価は単に現代のシステムの中で決められている言わば、「偏見」に過ぎません。
「エリート以外は、実直な精神を持っていてくれればいい」
これは、元文化庁長官の三浦朱門氏の言葉です。
エリートは明確に、一般庶民とエリートを”分けて”います。
だからこそ、池袋で母子を轢き殺した老人も逮捕されることはありませんし、特権階級の国会議員がいくら不正を行っても逮捕されることはないのです。
逮捕される政治家は米国、ひいては財界の利益に反する者だけです。
彼らにとってのユートピアを今回、このコロナウィルスという企画で作り上げようとしているということです。
一部のエリートと型に嵌まった適度な量の一般人しか残らない、優生思想が全面に強調された社会、それにSDGs、デジタルレーニン主義、スーパーシティという呼称を用いているだけなのです。
スイスでは5G の導入は廃止されたようですが、日本はこのまま導入が決まることでしょう。
5G、スイス政府が健康懸念で使用停止 英紙報道、他国に影響も
政治家の誰一人として5Gに対する懸念を表明していない上に、陰謀論と思考停止している様子なわけですから話にならないのです。
都知事選では、「密です」で有名な公約達成ゼロの偉業を持ち、エジプト語を話せるのかどうか不安な小池百合子氏や新自由主義者の山本太郎氏、同堀江貴文氏、コロナは風邪の平塚正幸氏などが話題になっていますが、くれぐれも「この人が変えてくれる」などといった淡い希望を持たないようにしていただきたいと願っています。
救世主に見える人間は絶望配達人です。
自分自身で変えるしかありません。