今村復興大臣の発言が「東京一極集中」の危険に気付かせる

先日、今村復興大臣が辞任されるという報道がありました。

理由は、「(震災が)東北の方で良かった。首都圏なら甚大な被害だったと思う」と発言したためとのことです。

事実だとしたら、非常に悲しく思います。

とは言うものの、この言葉の真意は「首都圏に直撃したらもっと多くの被害があったはずだ」ということなんだと思います。

東北の方で良かった」という失言をメディアが強調しているのか、前回あった記者との押し問答で今村氏がメディアの敵に設定されたのかなとも思います。またメディアは辞任するまで追い込むことが大好きです。

http://www.j-cast.com/2017/04/05294903.html?p=all

しかし、首都圏と地方で比較したら当然さらに大変な事態となっていたことは誰でもわかることです。

国家機能が集中している東京にあれほどの地震がくれば、日本は計り知れないダメージを受けることは想像に難しくありません。

問題の本質は、この今村復興大臣が「首都圏なら~」と言うように、首都圏(東京)に各々の国家機能や、人口が集中すること、仕事が集中することなどの、「東京一極集中」が問題だと思うのです。

この記事では、「東京一極集中」という現在の状況がどれほど危険なことなのか考えてみたいと思います。

私自身「助け合いの精神」が東京一極集中を解決に導くものだと理解しています。

それも踏まえて、今回の記事を参考にしていただければ幸いです。

東京という世界一のメガロポリス

東京は日本一所得を稼ぎやすい都市です。

都道府県別の国内総生産では2位の大阪に圧倒的な差で断トツです。

http://grading.jpn.org/SRC1101.html

人口も東京に集中しています。

http://uub.jp/rnk/p_k.html

こちらも2位の神奈川県に圧倒的な差をつけています。

これらのソースを事実と仮定して考えます。

1位だから良いとか2位だからダメとかそういう話ではなく、GDPが日本一多く創出されていること、つまり日本経済の供給能力が「集中している」ということです。

供給能力が集中していると何が問題なのか?

それは、「壊すのが容易」という意味に繋がります。

現在の北朝鮮がミサイルを東京に撃ったらとか、核が東京に落とされたらという記事をよく見かけますが、要は東京に一発ミサイルをぶち込まれ被弾したら、とんでもないことになるということなのです。

以前以下の記事で、「戦争とは供給能力の潰し合い」ということを書きましたが、供給能力を潰される=国民の命に関わるということなのです。

大東亜戦争〜戦争の本質〜

また我が国は、地震や台風、水害など多くの自然災害が発生する国です。

世界で発生するマグニチュード6以上の地震の20%が日本で発生するという、恐ろしい国でもあるのです。

そもそも一か所に供給能力を集中させていい国ではなかったということになります。

なぜ、東京一極集中が起こったのか?

第一には「国民に国家観がないから」ということが挙げられます。

大東亜戦争後、冷戦下であり、ソ連と地理的に近いということで日本は早期の復興を許され、安全保障はアメリカに頼り切りました。

その戦後の経済成長には”安全保障”という視点が一切盛り込まれずに発展していったのです。

安全保障の視点がなければ、「個人がいかにして儲けるか

ということに注視していくようになるのは当然といえば当然です。

なぜ日本は経済第一なのか?という記事でも書きましたが、国家観がないということになれば、国民にあるのは「個人」しかありません。

我が国の法律を一言で言えば「個人の尊重」です。

占領期間中に作られた憲法には国家と国民を切り離して考えられていると私には観えるのです。

交通インフラが東京に集中した

東京から日本全国行けないところは無いと言ってもいいでしょう。

海外に行く際にも非常にアクセスが良いところです。

新幹線、高速道路、旅客機などの交通インフラが整えられている場所に事業所を置くことは、企業にとっては最善の選択になるのです。

なぜなら、「対象にできるマーケット」が大きくなるからです。商圏が広がるからと言ってもいいでしょう。

例えば、東京から埼玉に行くのに車で五時間かかるとしたら、東京に事業所を置いている企業は、埼玉にいるであろう消費者に対してはサービスを提供することに消極的になります。

しかし、30分とか40分で埼玉には行けるとしたら、そこは企業にとって商圏になるのです。

消費者への対応がし易い、売りやすいというのは特に起業したばかりの企業にとっては大きな課題となります。

だからこそ、交通インフラが整ったところに事業所を設置するのです。

「東京に交通インフラが集中することで、企業も集中した」

ということになります。

官庁が東京に集中していること

官庁が東京に集中するということも東京一極集中の原因となります。

国会で通された法案を運用させるのは事務方の務めです。

それを行う各官公庁の本庁が東京に集中すれば、どうしても人口はもちろん、企業も集中してしまいます。

なぜなら、企業が行っている事業や商品、開発について官庁の見解を聞くという場合も多いからです。

普通に売っていたものが「実は違法なものでした」では話になりませんから、予めこのようなものを作る、このような物を売る、その場合の法体系はどうなっているのか、どういう売り方をすれば良いのか、逆にどういう売り方をしてはいけないのかといったことを、伺ったりするのです。

私の知り合いには、自社の商品を理解してもらうために3年間通ったという人がいました。

このように、企業にとって自社の取り扱う商品やサービスに関わる監督官庁が近くにあるということは大きなメリットになるのです。

東京で有事があった際に助けてくれるのは誰なのか?

東京に大災害があった場合、首都機能が麻痺するといった事態が想定できます。

また、物資が必要な分届かない、仮に住む場所も人口が多いため限られてしまったり、災害に遭っていない地域に行こうにも交通が遮断されているという、こんな事態になった時に、助けてくれるのは誰なのでしょうか?

それは「他の日本国民」しかあり得ません。

外国人は一目散に逃げるでしょう。

当然です。

彼らは日本国民ではないのですから別に災害が起こったからと言って、日本国民のために助ける義務も義理もないでしょう。

むしろ、外国人が本国に逃げられなかった時の方が大きな問題になる可能性が高いのではと感じます。

外交、治安、隣国との安全保障問題も出てきます。

話を戻しますが、「他の日本国民」以外に期待はできないですし、期待してはいけないのです。

東京は日本」なんですから。

日本のことは日本で解決しなければいけません。

東京一極集中の是正を考えることは、安全保障を考えることです。

国民の危険を分散、回避することです。

これには、「相互扶助」

つまり、「助け合い」です。

自然災害大国でもある我が国の国民が生きていくためには、「互いを助け、思いやる気持ち」がなければ生きていけないのです。

大災害、例えば首都直下型地震が起きて、供給が途絶えた時にそれまで自分を助けてくれた「お金」は役に立ちません。

いくら金があっても、パン一個も買えないということが現実になるのです。

どうかそんなことがないように行動するしかありません。

まとめ

東京一極集中の原因は

「国民に国家観が無い」

「交通インフラが東京に集中した」

「官庁が東京に集中している」

ということになります。

そして、日本国民が生きていくためには、

「助け合う心」

が必要だということです。

「いざとなったら日本人は助け合う」

と言う人も多いのですが、これは東日本大震災以後の日本人を観て、私は「日本人は東北を見捨てる」と確信しました。

東日本大震災発生後に、通った法案は「再生可能エネルギー固定価格買取制度」、「震災を契機にTPPで復活を!」となってしまった上に、その年を表す言葉は「絆」となりました。

欺瞞以外の何物でもないと私は当時感じました。

いざとなっても助け合わないのです。

最悪なことに、一部では福島県の人たちと関わるなとか、関わると放射能汚染するなどの子ども並の風評被害もありました。

私は、福島県に親戚がいることもあり非常に不愉快でしたし、悲しく思いました。

保守の言う日本人像は「幻想」です。

一切の安全保障を考えないサヨク系は論外ですが、保守も別に全体的な安全保障を考えてきたわけではありません。

なにせ、反左翼でしかありませんから。

この辺りは以下の記事で詳しく書きましたので参考にどうぞ。

保守も左翼も根は同じ〜思想の分類は意味をなさない〜

暗い話にはなってしまいましたが、でも徐々に、また確実に国民の意識が変わっていっているように思えます。

時間切れまでになんとかなればと切に祈るところであります。

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