「自動運転技術」という言葉を聞くようになって久しいですが、この自動運転技術は、果たして物流業界にどのように影響し、また私達の生活をどのように変えていくのかといった問題や懸念、あるいは展望があったりします。
自動運転技術については、各メディアで大局的なことは言われていますが、物流業界の”現場”を踏まえて細かく伝えられているとは言えない状況と言えます。
あるベテランの宅配ドライバーと若手ドライバーに以下の記事を読んでもらいました。
2020年に10万人不足するトラックドライバー、自動運転は物流を救えるか (1/2)
するとベテランドライバーの方は、
「楽になるならいいね。だけど完全な自動運転てのができたとしても、職がなくなったドライバーが、宅配に移ってくるとは思えない」
自動運転で人手不足が改善されるかといった主旨の記事だっただけにこういったご意見をいただきました。
一方若手のドライバーは、
「結局、今いるドライバーの負担だけが増えるような気がする。このロボネコヤマトが完全な自動運転でできるようになったとしても、私達ドライバーの負担が軽減されるほどの効果はなさそう。あったとしても給料下げられるなら迷惑」
といったことでした。
どちらの意見も御尤もといった印象です。
私は宅配ドライバーが来られる度に「あれから何か良くなりましたか?」と聞くのですが、大抵「全くです…」と言われます。
”あれから”とは佐川急便やヤマト運輸など宅配ドライバーの実態をマスコミがこぞって報道した時からです。
彼らに”あれから”と言うと説明しなくても「あれから」を認識してくれます。
せっかくなので、この自動運転技術について実際に社会に普及されたらどうなるのか考えてみたいと思います。
まず私の結論としては
「物流業界で完全自動運転が実用化されても、それは特定の物流分野に限られ、2tトラック以下の物流ビジネスにはほとんど普及されない。故にドライバー不足は解消せずに配送そのものの全体的な供給力とサービス品質は現在よりも低下する。また消費者の配送サービスに対する満足度も激しく低下する。」
完全に上記の記事の主張と逆ですが、私はこのようになると観ていますし、この自動運転でなくなる仕事ランキングはあまりにも現実を考慮していない机上の空論のように私には思えます。
それをこれから説明します。
”自動運転”の定義
目次
官民 ITS 構想・ロードマップ 2017 ~多様な高度自動運転システムの社会実装に向けて~
まず自動運転技術の定義ですがこの表のように5段階に分かれています。
SAEという国際基準でSociety of Automotive Engineersの略ですが、この国際基準を採用して独自に創設しようとする様子がないところが我が国らしいところです。
我が国の地形や環境、道路状況、物流環境、首都機能などを考えればここにプラスした独自の基準を設けても良さそうなものですが…
それはさておき、自動運転技術の定義はこのようになっています。
さらにトラックの種類を確認します。
かなり細かく分類されいます。
ここに、ワンボックスカーや軽自動車の荷台カテゴリも細分化されていると考えると、「トラック」と一言で言っても様々な種類があることがわかります。
各トラックの配送物も実に様々です。
建築資材から食品から機械のパーツ、宅配便の継走、重機、エネルギー資源、家畜、水、コンテナなど挙げればキリがありません。
また各車両が毎日同じルートで運行しているわけでもありません。
同じターミナルから同じターミナルでという運行もないわけではありませんが、当然限られた車両ということになります。
現実的な問題として考えられること
事故以外にも考えられる現場レベルの問題は存在します。
完全自動運転の事故の責任の所在はどうなるのか?
これについては国交省が「自動運転における自動車損害賠償保障法(自賠法)の損害賠償責任の課題」として議論されているようです。
完全自動運転車の所有者やその車両を利用していた消費者に責任が帰属することは常識で考えればあり得ません。
しかし、自動運転技術を研究開発しているのは「大企業」ですから、メーカー側に不利になるような法体制にはならないことはこれまでの例から考えても明白でしょう。
完全自動運転車が歩行者と事故を起こした場合、自転車と起こした場合、バイク、一般の非完全自動運転車と事故を起こした場合などを考えると、「弱者救済」というある意味では”特権”を与えてきた日本社会ですので、メーカー側が有利になるには、正に「抜本的な改革、法改正」が必要になるでしょう。
そして保険会社とメーカー、裁判所はトライアングルの利権構造が形成されるようになります。
既に我が国は公正に、また公平に、平等に法が執行される社会ではありませんので、恐らくこのようになると私は考えています。
完全自動運転ならば、荷物の積み下ろしは誰が行うのか?
消費者からしてみればサービスが低下したことになります。
その分安くなるかと言えばそうはなりません。
なぜなら、各企業が自動運転技術に投資して自社に導入するとなれば、投資段階で回収の見込みを建てるし、その上自動運転技術を導入できるほど体力のある物流事業者がどれほどいるのか。
完全自動運転では、「置き配」ができない
置き配で対応している飲食店や個人、企業は多く、例えば「生鮮食品は冷蔵庫に入れて欲しい」といった細かい要望には答えられないから結局人間が行わざるを得ません。
こういった配送は基本的に軽トラックから2tトラックまでの車両で行われています。
ドライバー不足の解決は完全自動運転技術のみでは不可能
我が国の物流産業は長いデフレの影響で過剰サービスが常態化してしまいました。
あれもして、これもしてという荷主は未だに多くいます。
そういったことから、ドライバーに対する荷主のイメージは、「セールスドライバー」つまり営業か、悪ければ便利な人というイメージを持っています。
ドライバーにそういったイメージを持つ荷主が、自社の費用で荷降ろしをしなければならない言わば、「運ぶだけ」の配送業者を選択するでしょうか?
本来、配送とは物を運ぶだけの業務です。
「荷扱」は元々有料オプションなのですが、過剰サービス問題が原因で、「付帯業務」になってしまいそれが慣習にまで昇華したのです。
その分安くなるという反論もあるかと思いますが、そうはなりません。
自動運転車を導入するということは配送業者は「投資をする」ということです。投資実行段階では既に何年で回収するかは決定しています。
それに沿った見積もりで運賃を算出するわけですから安くなるという可能性は非常に低いですし、荷主側としてもわざわざリスクをとって安くなるかどうかもわからない完全自動運転車を採用する配送業者を選択する理由もないと判断することは火を見るよりも明らかと言えます。
依然として続く物流業界のドライバー不足
ドライバー不足の原因は主に
「運賃不足」
「規制のゆるさ」
です。
要は、
法規制が緩いことで競争が激化していたこともあり、各配送業者が運賃を上げるということに恐怖を感じているということです。
つまり、「運賃上げチキンレース」が開催されている状況です。
更に、物流業界は「ブラック化」しやすい産業です。
特に「労働時間」についてどうしても労働基準法の適法内にすることが難しいと経営者は嘆きます。
それは、集荷先や納品先での待機や、渋滞、低運賃のために運行そのものが、「薄利多売」のような状況になっているためです。
因みに以下が2018年8月の行政処分を受けた物流事業者です。
ドライバーを奴隷の様に扱う物流事業者は多くいます。
私が観た中で最も多かった手口を紹介します。
「雇用」されたドライバーが業務中に車の一部を物損事故により破損
その修理費を自社の息がかかった企業に整備を依頼
”水増しされた”修理費をドライバーに全額要求
全額は見逃してやると嘯き、折半でと持ちかけドライバーに一筆書かせる。
その修理費を毎月給料から天引する
実際には、水増しされた修理費なので「半額」とは「全額」のことになります。
更に半額でも労働基準法違反ですし(修理費の一部を労働者側に弁償させることはできる「茨城石炭商事事件」)、詐欺も成立しています。
そして天引きも違法行為です。
こういったことは、別にどの産業でも多かれ少なかれあるのかもしれません。
当然ブラック企業であれば従業員を「生かさず殺さず」で使い続けるので、こういった企業を排除する努力は行政も労働者も続けなければなりません。
ドライバー不足に対応するには、ドライバーの賃金を上げること、ひいては運賃を上げることが絶対条件です。
どうしても上げたくない荷主は相手にせず別の仕事を取れば良いのです。
「これまでそうだったんだからこれからもそうする」といったことを言う荷主も配送業者も多くいると思いますが、そんなこと言ってられない状況であることは理解すべきでしょう。
完全自動運転が可能な物流分野で失業した労働者が、ドライバー不足の分野に充当されるといった見方もありますが、一部あったとしてもそんなに多くはないはずです。
完全自動運転ができる物流分野は基本的に「大型トラック」の分野です。
大型トラックのドライバーは「運転」が主な仕事ですから荷降ろしは基本的にフォークリフト作業やカーゴを並べ、ラッシングで荷物を固定するといった作業となります。
大型トラックで「手積み手下ろし」はまずないはずです。
そのような仕事から、手積み手降ろしが主な内容の物流分野に移れるドライバーはそれほど多くないでしょう。
同じ配送でも全く違う内容の仕事ですから体力的にもかなりきついはずです。
したがって完全自動運転が導入されてもドライバーの人手不足は続くと考えられます。
政府の試算やシンクタンクの試算というのは、失業した労働者を「どこかに充当する(置き換える)」といった計算をしますが、現実的ではありません。
蛇足ですが、TPPの政府試算でも、農業従事者が失業した場合大企業に転職するといった想定で計算していることが批判されていましたね。
また、机上の空論の代表と言えるCGEモデルなどの欠陥は以下の記事で説明しています。
数字だけ見るといかにもドライバー不足を解消できると思いがちですが、それほど単純な問題ではありません。
輸送コストの低減や配送効率が上がるのか?
輸送コストの低減や配送効率が上がることもそれほど期待できないでしょう。
輸送コストの低減は、先ほど説明した通り導入する企業がそれほど増えないことが挙げられます。
AGIが発達して技術的特異点を迎えてからの話ですね。
配送効率が劇的に上昇することも、変わることもそれほどないでしょう。
日本は東京に荷物を集めて、東京で消費、使用されます。
ヒト・モノ・カネを東京に集約させる現在の環境が配送効率上昇の向かい風となります。
現在の日本は東京一極集中です。
更に、高速道路も緊縮財政を名目としてほとんど整備されていません。
「保有自動車1万台あたり高速道路延長距離」日本の高速道路の長さは主要国最低です。
都心部の渋滞と更に荷降ろしの待機時間などを考えたら配送効率が上昇するとは一概には言えないことがわかります。
物流分野において生産性を上げるということは、人を使わずに完全自動運転にすれば上がるというものではないのです。
「高速道路の整備」
「東京一極集中の緩和」
がなされない限り、完全自動運転技術の恩恵は享受しづらいと考えられます。
最近は、物流とIOTを融合させるといった動きもあります。
RFIDを取り付けた各荷物をインターネット上から確認できたり、輸送タイミングを図ることなど、主に「物流の管理」は発達していきます。
物流業界も中抜きが多い産業構造ですので、荷主が依頼した荷物を全然知らない業者が持ってくるというのもよくあることです。
荷主側も把握していなかったわけですが、IOTで改善されることでしょう。
物流とIOTについては別の記事で詳しく書きたいと思います。
まとめ
「物流業界で完全自動運転が実用化されても、それは特定の物流分野に限られ、2tトラック以下の物流ビジネスにはほとんど普及されない。故にドライバー不足は解消せずに配送そのものの全体的な供給力とサービス品質は現在よりも低下する。また消費者の配送サービスに対する満足度も激しく低下する。」
と、私は冒頭で結論付けましたがいかがでしょうか?
完全自動運転の事故の責任の所在
荷物の積み下ろしは誰が行うのか?
運賃の低さ
物流の産業構造
東京一極集中
高速道路網の整備
といった理由です。
かなり複雑な問題です。
完全自動運転が実現したとしても劇的な改善は見られないということがご理解いただけるかと思います。
これまで、完全自動運転についての各メディアの記事には常に現場は無視され、テクノロジーにのみフォーカスされた記事しかありませんでしたので現場の事情も踏まえてみるとそう単純な問題ではないことも観えてきます。
テクノロジーを利用するのはあくまで人間ですが、既に現代はテクノロジーに”人間が使われている”状態になっています。
このような意識ではどのような素晴らしいテクノロジーも人間に使いこなすことはできないでしょう。
参考
自動運転レベル0〜5までの定義を解説!現状はレベル2が限界?