- 2022.08.12
戦時中に戻したいのであれば改憲すればよい
当記事は2021年5月9日にnoteの投稿した記事です。 https://note.com/chikougouitsu/n/n4788dcb8dd81 先日、国民投票法が衆議院を通過しました。 国民投票法改正案 衆院憲法審査会で可決 今国会で成立へ 上記の記事にもある通り、、自民・公明両党や立憲民主党などの賛成多数で可決されました。 与野党グルここに極まれりといった状況ですが、これでも「中国の侵略 […]
知識と実践と真実と 〜知行合一〜 事実を観て真実を探るコンサルタントが世界情勢を踏まえて政治経済の情報を発信します。今後の企業経営の参考にしていただければと思います。
当記事は2021年5月9日にnoteの投稿した記事です。 https://note.com/chikougouitsu/n/n4788dcb8dd81 先日、国民投票法が衆議院を通過しました。 国民投票法改正案 衆院憲法審査会で可決 今国会で成立へ 上記の記事にもある通り、、自民・公明両党や立憲民主党などの賛成多数で可決されました。 与野党グルここに極まれりといった状況ですが、これでも「中国の侵略 […]
狂ったような猛暑、日本列島をなぞるようにしかこない台風、サル痘蔓延の準備、唐突な通信障害、増やす感染者数(陽性者数)、図々しい節電依頼などショック・ドクトリン目白押しですが、いかがお過ごしでしょうか。 毎度、国政選挙前になると有名人が逮捕されたり、大きな事件が勃発しますがあからさま過ぎて、薄ら寒い気持ちになってきます。 選挙とは「民主主義が存在していると思い込ませるための儀式」であり、制度自体がで […]
民主主義とは、国民主権であり主権者たる国民が、真剣に政治に参加し、投票、働きかけという活動で社会を維持、変革させる政治システムです。 有権者のひとりひとりが真剣に社会、未来を考え、選挙を通じて代理人を送り出し、その代理人を監視し、圧力をかけ続けるものです。 それなのに「政治の話はタブー」という慣習が存在していることにどれほどの人が疑問を持っているのでしょう。
テレビにいつも躍り出る専門家という人達、実は全く専門家でもない人が専門家という顔をして、予め決まった台本を読み、社会を混乱と恐怖に陥れています。 テレビを始めとするマスメディアの資本力を背景に、また総務省のアンテナほぼ無料で使用している事実は、マスメディアが国家の統治ツールであることを如実に表しており、その資本と影響力に群がる「野心家」が「個人主義」を免罪符に自らの力を誇示するために利用するという […]
権威はマスク、ソーシャルディスタンス、PCR検査、ワクチン、5G に納得できる根拠を示さず、マスメディアはその権威を起用し、財界はそうなるようにマスメディアに忖度させ、視聴者たる庶民、国民はそれを真実と思い込みます。 マスメディアが垂れ流した情報は、真実という衣を纏い、「マスメディアの流した情報」を根拠として、与党も野党もない政治家連合によって、一定の方向性を示しながらラディカルな社会変革を成し遂 […]
都知事選が盛り上がっているようですが、マスコミが流す主要候補とされる5人の顔ぶれは、相変わらず新自由主義大政翼賛会だと感じるところです。 細かい政策で違うところがあることは事実でしょうが、当選したところで全く実行しないでしょう。
現在の社会を見ていると議論されるべきことが議論されず、比較的些末な話題の方が取り上げられています。 そのように感じる人も増えてきているとは思いますが大半の日本国民はマスメディアや識者、評論家とされる人間の話を真に受け、特定の枠内で転がされています。
最近、この記事のタイトルのような、こんなことを考えていました。 与野党グルということははっきりしていますが、しかしどのようにこの現実を作ったのか、また、民主主義が成立していないことは明白なのになぜ民主主義システムが成立しているかのように大衆が思うのか。
「根拠の薄い情報」、「デマ」、「風評」、「流言」など一般に根拠のない情報は溢れています。 情報化社会において情報の信用度、確度はその情報の真偽を判断する上で重要な要素であることは言うまでもありません。 しかし、逆に「根拠のある情報」とされる科学的データによる情報、権威が公表する情報と呼ばれる情報は現在どれほど信用に値する情報なのでしょうか?
山本太郎ちゃんIOT検閲法案に賛成 政府“IoT機器2億台にサイバー攻撃”が疑問視される4つの理由 – 「NOTICE」20日から実施 日程第7 電気通信事業法及び国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
見れば見るほど日本は日本でなくなっていっています。 茶番劇の韓国レーダ照射に踊らされ、出来レースの米中貿易摩擦に真剣にどうでもいいことを議論しています。
(間接民主制)民主主義とはその国の国民に主権が存在し、国民の投票によって代表者を決めるシステムです。 しかし、民主主義なのにもかかわらず一般国民にとって不利益な政策が推し進められています。 消費増税等の税金の税率の高さと項目、公共インフラの売却、移民の受け入れなど、虚偽と欺瞞を繰り返し、絶望を国民に与え続ける政権は「普通の生活」すら国民から取り上げています。 現政権というのは大企業にとっては最高の […]
政権に対するデモや非難、批判等社会では行なわれていますが、果たしてどの程度意味のあることなのでしょうか? 私自身、誰かの批判を当ブログで行っていますし、また私個人の備忘録という部分でブログを運営しているところもあります。
我が国は現在、総理大臣が暴力団に選挙妨害を依頼し、公約違反のTPPや移民の受け入れ、官僚による公文書の改ざんやセクハラ、それを取り締まるはずの検察が機能しない、それも今上天皇の退位と同時にそれらの不祥事、懲戒等の処罰うぃなかったことにするといった民主国家でも法治国家でもない、無政府状態のような状況になっています。
我が国は表現の自由があります。 少なくともあることになっています。 また、知る権利やプライバシー権も保障されていますし、思想の自由も憲法上保障されています。
独裁という言葉と自由という言葉は互いに対立する価値観のように思われています。 民主主義と全体主義、資本主義と共産主義などと言ったようにある価値観や体制について対をなす言葉のように使われています。 ところが、以前の記事でも書いたように、新自由主義の行き着く先、社会の行く末は共産主義社会とほぼ同じになってしまいます。
最近改めて思ったことがありました。 社会を観ていると私を含めた一般の庶民にはある意識が共有されています。 それは、 「”誰か”がなんとかしてくれる」
森友学園に関わる問題ばかりマスメディアが取り上げている中、こんな記事がありました。 安倍政権、放送の規制を全廃方針 ネット通信と一本化 放送法の「政治的公平」撤廃を検討 政府、新規参入促す 野田聖子総務相 「放送法4条を撤廃した場合、事実に基づかない報道が増加する可能性」 といったニュースです。
個人の生活も社会というものにも常に「秘密」や「プライバシー」というものが存在します。 個人のプライバシー権は、戦後「新しい権利」として確定した人権ですが、この権利は表現の自由や思想の自由などの自由と関連する非常に重要な権利です。
マスメディアやネットニュースなどの”今日のニュース”ということで、箇条書きされて報道されているニュースとは一体どのようにして決まっているのでしょうか? 外国で起こっていることや日本国内で起こっているこは無数にあるはずですが、何故あのニュースは報道されず、このニュースは報道されないのかといった疑問は、実はマスメディア批判の中心となっている問題です。
当ブログではマスメディアについて言及している記事が多くありますが、本来マスメディアというものは「大衆統治のツール」ではないということをお伝えしたくマスメディアの批判記事を書いてきました。 しかし、これは裏を返せば現在マスメディアが大衆統治のツールと化していることを意味しています。
我が国は三権分立という司法、立法、行政がそれぞれ独立しているということになっています。 しかし実際の三権分立とは「三権複合」といった具合に司法は、政治や世論から圧力を掛けられれば結論を変え、行政は立法機関である政治家をうまいことコントロールし、国民にとって有益な政策を行わないようにしたりします。
「民主主義」という我が国が戦後アメリカから受け入れた政治システムですが、その「欧米型民主主義」が世界でどのような現実を創っているのでしょうか? 民主主義というと国民主権が主な要素となりますが、何故アメリカという民主主義を標榜する国で1%VS99%なんて話が出てくるのでしょう。
「選挙」 民主主義の根幹であるこの選挙制度を採用している国で、かつ間接民主主義である我が国が、なぜ国家の行く末を決める国会議員の選出を国民が行っているのに、全く良い方向に国が向かわないのは何故なんでしょうか?
戦後アメリカから輸入された”個人主義”という思想。 この個人主義が我が日本民族にどれほどの悪影響を与えたのでしょうか。 地震、水害などの自然災害が多く「助け合わなければ互いが生きていけない」という土地条件にもかかわらず、「個人」を最重要として考えることの弊害とはどういったものでしょうか。
このブログでも度々批判をしている「新自由主義」というイデオロギーですが、最近この新自由主義を考えている時に、 「もしかしたら新自由主義がもたらす結果というのは、共産主義的な社会であって、その根底には優生主義の発想があるのではないか」
最近、アメリカで白人至上主義者のでもに対するカウンターとの衝突で死傷者が出たということで話題になりました。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170817/k10011102171000.html
このブログで度々取り上げるグローバリズム批判ですが、グローバリズムとは 「ヒト・モノ・カネの自由な移動」を実現しようという考え方であり、国境をなくそうというイデオロギーです。 しかし、「国境をなくす」と一口で言っても一個人にどのような影響があるのか?とか、国境をなくした後、誰が世界をまとめるのか?、そもそも国境は当然国によって違うということは、国境を無くすことに対して利益を一致させることができるの […]
政治の話題でよく聞くいわゆる「陰謀論」、「陰謀説」ですが、なぜこの陰謀論は常に発生するのでしょうか? また陰謀論=バカのレッテルは貼られますし、時々、陰謀説が事実でしたといったことにもなります。 陰謀論を否定する人達は、何故か感情的になって反論するという不思議さ、違和感があります。
はい「大衆」です。 大衆をコントロールする者は一体何を考えて情報を流し、何を考えて統治するのでしょうか? 以前、以下の記事を書きましたが今回はこの記事の続編とも言えると思うので、参考までに御覧ください。