陰謀、謀略、策謀、共謀を是とする諜報機関

「謀略は誠なり」

この言葉は、我が国に存在した諜報部隊養成機関である陸軍中野学校の教育理念です。

謀略という言葉には「はかりごと、騙す行為、相手に敵と気付かれないように相手を害する企み等」といった意味があります。

そういった意味をもつ謀略という言葉の対極にあるイメージである誠という言葉、なぜこの二つの言葉が陸軍中野学校の理念になったのでしょうか。

そしてこの謀略の意義とは一体何なのでしょうか?

この記事ではその辺りを考えてみたいと思います。

「謀略は誠なり」の源になった男

明石元二郎という方をご存知でしょうか?

日露戦争を勝利に導いた活躍をした方です。

ーーーーーーーーーー以下こちらのブログから転載ーーーーーーーーーー

やがて、日本とロシアの関係は更なる悪化をみせ、遂に1904年(明治37年)2月8日、日露戦争が勃発します。

これを受けて元二郎はロシアから脱出し、スウェーデンに拠点を移しますが、ここから彼の本格的なスパイ活動が開始されるのです。

ロシアと戦う祖国日本を如何に諜報活動で支援していくか、元二郎は深く考えを巡らして行きます。

そして導き出した結論は、ロシアの国内を混乱に落とし入れ、その国力を削いでいくという作戦でした。

ロマノフ王朝が収めるロシア帝国の中には、帝政に不満を持つ民族や思想家たちも少なくなかったため、彼らを決起させた上、武器と資金を与えれば内乱が発生し、ロシア帝国にに必ず綻びが生じるはずです。

しかしながら、これを実行するには多額の資金が必要であり、その費用は約100万円程になるだろう元二郎は計算していました。

当時の日本の国家予算は2億3,000万円程と言われており、100万円は今の価値に直すと400億円以上の大金となりますから、そう簡単に準備の出来る金額ではありません。

元二郎は以前より交流のあった山縣有朋にこの資金の捻出を依頼します。

政府内ではこの元二郎の資金要求に難色を示す者も少なくありませんでしたが、山縣有朋は半ば強引にこの資金の準備を行います。

そして資金を得た元二郎は本格的な工作を開始し、アバズレーエフという偽名を使いロシア国内に潜入していきます。

ある時は活動家と接触して武装蜂起を促し、時には政府関係者のパティ―などにも紛れ込んだりと様々な活動を行っていきました。

ロシアで開催されたあるパティ―では、目に留まったロシア人将校とドイツ人将校をマークしていましたが、不意にドイツ人将校が元二郎にフランス語で「ドイツ語が話せるか?」と質問して来ます。

これに対して元二郎はたどたどしいフランス語で「フランス語がやっとです」と答えたところ、将校たちは油断して軍事機密に関する話題をドイツ語で話し始めたといいます。

しかし実は元二郎、フランス語、ロシア語、英語、ドイツ語を完全にマスターしており、まんまと機密情報を盗み取って来たといいますから、スパイの手腕は相当なものであったのでしょう。

やがて元二郎の活動は徐々に効果を顕わし始め、ロシア国内では暴動や武装蜂起が頻発するようになり、この工作がロシア革命の引き金となっていくのでした。

この様な状態となっては、もはやロシアも日本を相手に戦争をしている余裕はなくなって来ますし、実際の戦闘においても日本海海戦での敗北や、旅順要塞の陥落などを受け、ついにロシアは日露戦争に敗れることとなるのです。

日露戦争における敵国攪乱という任務を完璧にこなした明石元二郎でしたが、任務完了時点で最初に用意してもらった100万円の資金の内、27万円が使われずに残っていたといいます。

これは本来、返還する義務のない資金なのですが、元二郎は詳細な明細書を添付して、日本政府に全額返還したといいますから、この逸話からも彼の実直な人柄を窺うことが出来ることと思います。

ーーーーーーーーーーーーー引用ここまでーーーーーーーーーー

とんでもなく凄い人だったようです。

明石元二郎大佐は、日本軍の勝利を第一の目的としていたものの、任務とは別に、虐げられている大衆を本気で助けようと考えたからこそ、終戦後も現地に残って支援をしたのだと考えられます。

ここに、”誠”を感じることができます。

如何に謀略を駆使して敵を欺き陥れようとも、それ以上に公の利益、国家の枠を越えた公益を実現するための活動ということが「誠」なのでしょう。

誠が失われた日本

日露戦争の戦費を日本国は誰から調達したのかと言えば、イギリスのサー・ユーウェン・キャメロン氏です。キャメロン首相の高祖父です。

関わった銀行は正金銀行(現東京三菱UFJ銀行)、パース銀行と(キャメロンの)香港上海銀行、そしてロスチャイルド系クーン・ローブ商会のヤコブ・シフです。

日本の戦費調達を支援したのはキャメロン英首相の高祖父だった! 銀行家として高橋是清から真っ先に外債引き受け…

日露戦争の戦費調達

このあたりは有名ですね。

国家間の闘争においては武力によるのみならず、政治、経済、思想、情報、資源等、総力戦であると言えます。

謀略はこれら様々なところで活躍します。

国内向けであれば、国民教育を目的としたプロパガンダや義務教育による国民に対する洗脳、経済政策、インフラ等これら全てに様々な謀略があるでしょう。

国家だけでなく、民主主義である以上は、民間人が謀略を駆使し利益誘導する場合もあります。

対外的施策であれば有事平時を問わず全部門にわたって諜報機関の謀略が必要になるでしょう。

何故なら、その活動全てが国益に繋がるからです。

非合法な活動もすることになります。

大東亜戦争中であれば阿片を使い所得を稼ぎました。

それが戦費として必要なのです。

東条英機と関東軍と満州統治とアヘン売買の密接な関係ーYouTube

この活動に陸軍中野学校の出身者が関わったことも事実です。

引用:陸軍中野学校のすべて

綺麗事では国家を守ることなどできないということですね。

私たちは国内におれば一応日本国の法律や慣習によって一定の保護や振る舞い方を認知、理解できますが、外交ともなれば相手は国が違う相手です。

ということは、国内の常識や慣習、法律等全てが通用しない相手ということになります。

そういった環境の中で国益を追求し、現実に果実として国益を獲得するというのは至難の業でしょう。

だからこそ明石元二郎大佐のような優秀な人間が必要なのです。

国家が謀略を行うのにも拘らず陰謀論が相手にされないのは何故か?

これは非常に厄介問題ではありますが、私の見解では、

国家が国民の統治、統制に失敗したことにより、その対策のために陰謀論という言葉を作り国家の謀略を隠蔽するための工作である」

と見ています。

ケネディ大統領が暗殺された時にも、アメリカ国民の間で「おかしい」「内部犯行なんじゃないか」といった風潮になったためにCIAが「陰謀論」という言葉を作り、火消しに急いだ経緯があります。

CIAが「陰謀論」を世界に広めた? ケネディ暗殺、壮大な世論誘導工作を実行

ーーーーーーーーーから引用ーーーーーーーーーーー

「陰謀論」という言葉は現在でこそよく目にするが、その歴史は意外に新しい。しかもこの言葉は使われるようになった当初から、馬鹿げたものというレッテル貼りに利用されてきた。

 自然にそうなったのではない。政府がひそかにそのように仕向けたのである。陰謀論とは、その言葉からして政府の陰謀の産物だったのだ。そのきっかけは前回の本連載で取り上げた、ケネディ米大統領暗殺事件である。

 米歴史学者ランス・デヘイヴンスミスが2013年に上梓した著書『アメリカの陰謀論(Conspiracy Theory in America)』(未邦訳)によれば、陰謀論(conspiracy theory)という言葉が米国の日常会話で使われるようになったのは、1960年代半ば以降のことである。50年余り前にすぎない。それ以前は日常会話の表現としては存在しなかった。

 それでは、陰謀論という言葉はなぜ広まったのか。デヘイヴンスミスは衝撃的な事実をこう記す。「米国人の多くは、陰謀論というレッテルが1967年に始められた中央情報局(CIA)のプロパガンダ計画によって侮蔑的な言葉として広められたと知ったら、ショックを受けるだろう」(日本語訳は『世界金融 本当の正体』<野口英明/サイゾー>より)。

そもそものきっかけは1964年9月、前年11月に起こったジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を検証するため設置された大統領特命調査委員会(ウォーレン委員会)が公表した最終調査報告にある。本文だけで888ページに及ぶ膨大な報告書の説明には不自然とみられる点が多く、翌1965年以降、疑問を呈する新聞記事や書籍が相次いだ。

 こうした疑問の指摘をきっかけに、米国民の間に公式見解への疑いが広がり始める。デヘイヴンスミスは書く。「しだいに多くの人々が、暗殺に責任のあるのはおそらくリンドン・ジョンソン大統領だというようになった。ジョンソンこそ利益を得た人物である。大統領になったのだから」。ジョンソンはケネディの死によって副大統領から大統領に昇格している。

 1966年には世論調査により、国民の過半数がウォーレン委員会の調査結果を不十分なものとして否定していることがわかった。 まさにこの時期、CIAはプロパガンダ作戦に着手したのである。

「PSYCH」

 プロパガンダ作戦は1967年1月、「1035-960」という数字の記されたCIAの文書によって始まった。その狙いを簡単にいえば、各地のジャーナリストやオピニオンリーダーの力を借り、ケネディ暗殺の犯人は政府上層部だと本や新聞で主張する陰謀論者に対抗することである。

 情報公開法にもとづくニューヨーク・タイムズ紙の要求で1976年に開示された、このCIA文書にはまず「PSYCH」(心理作戦 psychological operations の略)と書かれ、表題らしきものとして「ウォーレン報告批判への懸念」と記されている。

「不要となった際は廃棄のこと」との注意書きもある。

 CIA文書の本文では、ウォーレン委員会の調査結果を批判する書籍や記事が相次ぎ、ジョンソン大統領の関与をほのめかす見方まで出ていることに懸念を示す。そのうえで文書の狙いを次のように記す。

「陰謀論はしばしば我々の組織<=CIA>に疑いを投げかけてきた。たとえば、<ケネディ狙撃犯とされる>リー・ハーヴェイ・オズワルドが我々のために働いたという虚偽の主張によってである。本文書の目的は、陰謀論者の主張に反撃し、その信用を貶める素材を提供し、そのような主張が他国に広まるのを阻止することである」

それまで日常会話で使われることのなかった「陰謀論」「陰謀論者」という言葉が登場している。「その信用を貶める」という語から、CIAがこれらの言葉に最初から悪いイメージを植えつけようとしたことがわかる。

 CIA文書は続けて、具体的なプロパガンダ手法を指南する。「CIAに親しい人々に相手の主張を攻撃させる」「目撃者の証言は信用できないと主張する」「憶測は無責任だと主張する」「金銭的利益から陰謀論を広めていると非難する」などである。

 CIAと一部ジャーナリストの癒着を物語る、次のような生々しい記述もある。「広報問題について、<判読不明>や親しいエリート接触者(とくに政治家と編集者)と協議すること」「プロパガンダ人脈を活用し、批判者の攻撃<を無効とし>反論すること。書評と特集記事はこの目的にとくにふさわしい」

 陰謀論を貶めるCIAの秘密工作は米国内だけでなく、海外の人々もターゲットにしていた。もちろんそこから同盟国である日本を除外して考える理由はない。

ケネディ暗殺とプロパガンダ作戦

 ここで、陰謀論という言葉がいつからメディアに頻繁に登場するようになったのかをみてみよう。ウォーレン委員会が報告書を公表した1964年、ニューヨーク・タイムズ紙は「陰謀論」という言葉を含む記事を5本掲載した。

その後、記事数は急増し、最近は年間140本を超す。一方、タイム誌でも1965年に初めてこの言葉を含む記事が載って以降、じわじわと増加している。これらの動きがCIAの工作と無縁とは思えない。

 ちなみにタイム誌に初めて載った記事というのは、ケネディ大統領の側近だった歴史家アーサー・シュレシンジャーに関するカバーストーリーで、シュレシンジャーは陰謀論に否定的だと伝えている。第一号の記事からして陰謀論は否定の対象とされていたわけである。

 CIAが陰謀論で主張されるようにケネディ暗殺そのものに関与したかどうかは、わからない。しかし陰謀論に対抗したプロパガンダ作戦が行われたことは事実であり、一定の効果をもたらしたことは間違いないだろう。

 今日、陰謀論というだけでそれを嘲りの的にする人は、一度よく考えてみたほうがよい。陰謀論に対するそうした感情的な反応は、情報機関の巧みな工作に影響されたものかもしれない。

ーーーーーーーーーー引用ここまでーーーーーーーーーー

全くもって同意します。

以前以下のブログに書いた主旨と同じです。

言葉は思考の幅を決定する〜思考は言葉に支配される〜

いわゆる陰謀論を口にすることによる自分へのネガティブな影響を考えたら、思考に制限がかかります。

思考に制限がかかるということは、憲法が保障している思想の自由、表現の自由にも抵触する可能性すらあります。

消極的にこれらの自由に制限を掛けていると言えるからです。

したがって、いわゆる陰謀論が相手にされない理由というのは、「政府が触れてほしくないから」であると言えます。

大抵の人は、国民が豊かになり、安全が確保でき、幸福になれば、それが政府の陰謀の結果として得られた果実でも肯定するでしょう。

ということは、言論人のなかで他者を陰謀論とレッテル貼りをする人間は、「工作員」の可能性があるということですね。

デーブ・スペクターなんかは正しくそれだと言えるでしょう。

 

北朝鮮は陸軍中野学校出身者が作った人工国家

最近では既に有名な事実になったようですが、北朝鮮という国家を建国するに際して、一役買ったのが陸軍中野学校の出身者である「畑中理 (金策)」という人物です。

元公安の北芝健氏も証言しておりますが、以下の理由から私はこれを事実だと考えています。

畑中理が陸軍中野学校出身者であること

北朝鮮が反米であること

大韓航空機爆破事件で用いられた「青酸ニトリル(アセトシアノヒドリン)」が陸軍中野学校登戸研究所で開発された独創的なものであること

出典:陸軍中野学校のすべて

拉致問題が一向に解決しないこと

「タブー」はどのように作られるのか?

ーーーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー

例えば、拉致問題が顕著な例です。

北朝鮮による日本人拉致は1970年代から80年代にかけて行われた事件です。

手法は概ね以下の三つだと言われています。

①北陸地方の沿岸、九州の沿岸に工作員を密かに上陸させて、たまたまそこそこを通りかかった若者を強引に工作船に乗せて連れ去る

②日本国内にいる工作員がその辺の日本人に甘言を弄して沿岸部まで連れていき工作船で連れ去る

③日本国外にいる日本人に甘言を弄して北朝鮮に連れ去る

かつては”陰謀論扱い”であった拉致問題が表面化したのは90年代半ば以降です。

ところが、日本政府は①②の手法で連れ去られた日本人について、北朝鮮の犯行段階を把握していた可能性が高いのです。

自衛隊自身も北朝鮮の発するモールス通信を傍受しており、暗号化された信号を、6つの通信所からの方位測定で発信源を割り出し、北朝鮮側の動きは把握していたとされています。

傍受活動を指揮していたのは内閣情報調査室と警察庁です。

当然、両組織には「不自然に若者が消えた」といった情報が上げられたはずです。

しかし、日本政府が海上保安庁に北朝鮮の工作船の拿捕を命じたり住民に警戒を呼びかけた形跡は一切ありません。

未だに、日本政府がこれについて追求されることはありません。

対話と圧力でストックホルム合意をしたところで、現状は米朝関係の緊張が高まるという拉致問題のことなど今話すことではないといった空気になっています。

憲法9条2項の問題もあり日本政府としては、拉致問題を解決しようとするフリしかできないのです。

したがって、拉致問題は今後しばらく解決しません。

ーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

北朝鮮の諜報工作員養成機関である「金星(金正日)政治軍事大学」が「陸軍中野学校をモデルにカリキュラムを作っている」と思わざるを得ないこと

引用:陸軍中野学校のすべて

などの理由から、事実、少なくとも当たらずといえども遠からずだろうと推測できます。

もし、北朝鮮と我が国は今でも水面下で国交があり、実は同盟国、あるいは北朝鮮が日本の傀儡国家であるといった構図(かつての満州国)であれば、表向き日本でできないこと(諜報、核保有やアメリカ抜きの安全保障政策等)を北朝鮮が行うことで我が国の安全保障問題は非常に上手くいくことでしょう。

国民に知られてはいけないという大前提ではありますが。

とは言え、北朝鮮にはCIAの資金が入っていたということは事実でありますし、オウム真理教との関係も根深くあるので傀儡国家という線はないでしょうね。

大衆は見たいものを見ているのではなく誰かが”見せたいものを見せられているに過ぎない

これまで書いてきたことを踏まえて考えると私達一般国民という立場から見えるものは全て、ある種の「検閲」「バイアス」がかかっており、その情報すら誘導されつつ自分の目や耳、脳に入ってくるということが言えます。

つまり。私達は「本当に見たいものは見えなくされている」ということです。

まあ普通、人間の酷い部分や各国の悲惨な現状、凄惨な紛争地域など見たいと思うほうが少数派だとは思いますが、そういったモノをの観るあるいは知ることがなければ、「お花畑」が大量に生産されてしまいます。

それは流石に良くないと思うので多少は事実を観るべきだと私は思います。

社会というのは罪悪感を感じさせないようにできていますので、それが感謝の心も無くしてしまう、拝金主義的な思想や物質的な発想が社会を支配してしまうんだろうと考えています。

情報操作、プロパガンダ、思いながら観ると一体何が真実なのかさっぱりわからなくなります。

しかし、それでも自分の頭で考えることが最後の砦となるので、死ぬまで勉強しろという言われるのはそういうことでもあるんだと最近思うようになりました。

まとめ

「謀略は誠なり」

実に感慨深い言葉です。

誰が謀略を行い、気付かぬ内に誰かの弄した謀略に巻き込まれ、利用されるということもあるかもしれませんが、そんな時にも自分の頭で考えること、勉強をし続けるということをすれば、巻き込まれていることに気付くかもしれません。

「君子は日に三転す」とはよく言ったものです。

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