- 2019.01.13
- IOT, ブラック企業, 物流分野, 自動運転技術, 自動運転技術 交通事故,
物流業界に自動運転技術は本当に浸透するのか?
「自動運転技術」という言葉を聞くようになって久しいですが、この自動運転技術は、果たして物流業界にどのように影響し、また私達の生活をどのように変えていくのかといった問題や懸念、あるいは展望があったりします。
知識と実践と真実と 〜知行合一〜 事実を観て真実を探るコンサルタントが世界情勢を踏まえて政治経済の情報を発信します。今後の企業経営の参考にしていただければと思います。
「自動運転技術」という言葉を聞くようになって久しいですが、この自動運転技術は、果たして物流業界にどのように影響し、また私達の生活をどのように変えていくのかといった問題や懸念、あるいは展望があったりします。
先日タクシーに乗りました。 現実の景気のことはタクシードライバーに聞くのが良いとよく言われます。 実際にタクシーに乗ったときは必ず景気のことを聞いているのですが、去年1年間約100回ほど乗ったはずですが、誰一人「景気が良い」と言った方はいませんでした。
巷では移民政策の話題でもちきりのような状況ですが、そもそも移民とはなんなのか? なぜ安倍内閣は詭弁や嘘をついてまで頑なに我が国に外国人労働者という名の移民を受け入れようとするのでしょうか? 移民政策の問題は、人権や人手不足解消という表面上の問題ではありません。
(間接民主制)民主主義とはその国の国民に主権が存在し、国民の投票によって代表者を決めるシステムです。 しかし、民主主義なのにもかかわらず一般国民にとって不利益な政策が推し進められています。 消費増税等の税金の税率の高さと項目、公共インフラの売却、移民の受け入れなど、虚偽と欺瞞を繰り返し、絶望を国民に与え続ける政権は「普通の生活」すら国民から取り上げています。 現政権というのは大企業にとっては最高の […]
よく「批判なら誰でもできる。批判だけなら対案を出せ」という言葉を聞きます。 一見、正しそうな前向きな言葉でいかにも企業経営者が好きそうな言葉です。 しかし、「対案を出す」という行動は常に必要なことなのでしょうか?
我が国の先人たちの頑張りで作り上げてきた国民生活の基盤がビジネス論理の下にどんどん売られようとしています。 実際、国会議員の売国は今に始まったことではありませんが、国民もその売国について何も言わないということは「別に売られても良い」ということなのでしょうか。
当然のように身近にある「銀行」。 一等地と呼ばれる場所に必ずある銀行とはそもそも「何のために」存在しているのでしょうか?
政権に対するデモや非難、批判等社会では行なわれていますが、果たしてどの程度意味のあることなのでしょうか? 私自身、誰かの批判を当ブログで行っていますし、また私個人の備忘録という部分でブログを運営しているところもあります。
よくこういった話を聞きます。 「若者の貧困、格差の拡大で結婚できない若者が増えた」 「若者の車離れ」 「若者のお金離れ」
世の中には「公式」、「非公式」という言葉があります。 「公式には~」「公式発表によると~」、や、胡散臭い政府発表をいわゆる「大本営発表」と言われたりもします。 しかし、政府の公式発表や、企業の不祥事による記者会見、教科書、などで確認できる情報は大抵の場合、疑問を残す内容になったり、出鱈目であったり、虚偽であったりと枚挙に暇がありません。
先日、主要農作物種子法が廃止されたことは記憶に新しいと思います。 巷では、いつにも増して「種子法 デマ」といった種子法廃止を危険視する者に対して侮蔑混じりに批判が行なわれているようです。
我が国は現在、総理大臣が暴力団に選挙妨害を依頼し、公約違反のTPPや移民の受け入れ、官僚による公文書の改ざんやセクハラ、それを取り締まるはずの検察が機能しない、それも今上天皇の退位と同時にそれらの不祥事、懲戒等の処罰うぃなかったことにするといった民主国家でも法治国家でもない、無政府状態のような状況になっています。
先日、以下の記事を書きました。 安さを売りにするビジネスが社会を壊す 詳しくは記事をお読みになっていただければと思いますが、この記事ではタイトル通り、なぜ、安さを売りにすると社会が壊れるのか説明しています。
我が国はバブル崩壊後、橋本政権の金融ビッグバン、消費増税を経て、デフレとなり「100円均一」、「安い、うまい、早い!」、「業界最安値」など、いわゆるデフレビジネスが登場しました。
今回の近畿地方の大地震、西日本の豪雨災害は未だに収束していない状況です。 死者も多く非常に悲しく、また憤りを感じているところです。 西日本豪雨、死者225人に 行方不明は13人
”自然”(Nature)という言葉。 私達日本人は「自然災害」大国で生活しています。 日本人は、自然、環境を尊重する民族です。
孫子の兵法という有名な兵法書があります。 よく以下の一説が引用されて、ビジネスや人間関係、スポーツなど様々な場面で説明されています。 「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」
「専門家が下した判断で失われた20年が作られた」 と言っても過言ではありません。
「江戸時代は未開で文明も遅れており、明治維新で開国し、それが先進国になるきっかけとなった」 といったイメージがあるかと思います。 しかし、これは正に歴史の勝者が作ったストーリーです。
最近改めて思ったことがありました。 社会を観ていると私を含めた一般の庶民にはある意識が共有されています。 それは、 「”誰か”がなんとかしてくれる」
我が国に蔓延する現在の「空気」とは一体何なのでしょうか? 我が国にはこの「空気」という存在によって個人の選択はもちろん国家政策の選択ですら決定されるという現実があります。 「空気を読む」
企業経営者であれば、決算書の数字についてある程度把握しているかと思います。 今どき、雇用されている従業員の方でも、「経営者目線」を合言葉に決算書を読める人も増えてきたのかなと思います。 経営者目線で考える事が正しいという洗脳
死亡原因3位は「過剰医療」 こういったニュースがありました。
最近こういったニュースがありました。 強制不妊訴訟 差別なき未来のため 初弁論傍聴の義姉
最近話題の財務省ですがようやく国民に正体を現したので、まさか森友学園問題から、尻尾を出すようなことになるとは夢にも思いませんでした。 財務省は、いわゆる「国の借金問題」という嘘をはじめ、国交省から道路特定財源を取り上げてみたり、国税という警察力を背景に各報道機関に”忖度させてきた”省庁です。 国の借金という嘘は国を滅ぼします。
先日、東京の赤坂、六本木界隈にある米軍基地の前を通りかかりました。 赤坂プレスセンター 正式名称は赤坂プレスセンターと言い、星条旗新聞社が入っており、米軍の機関紙を発行しているとのことです。 都心の一等地に米軍基地があるというのは属国感を際立たせませす。
我が国にも”タブー”が存在します。 例えば、皇室バッシングは我が国の代表的タブーです。 私自身、皇室のタブーには触れることはありませんし、日本人で以上はしてはいけないことだと思っています。 と言うのも、人類社会というものは、綺麗事では運営できないからです。
戦後アメリカから輸入された”個人主義”という思想。 この個人主義が我が日本民族にどれほどの悪影響を与えたのでしょうか。 地震、水害などの自然災害が多く「助け合わなければ互いが生きていけない」という土地条件にもかかわらず、「個人」を最重要として考えることの弊害とはどういったものでしょうか。
所有と経営の分離について過去に記事を書きました。 所有と経営の分離の社会的影響とは 「株式を所有する=その企業の所有者である」ということが所有権絶対の原則によって守られることと、企業の株式を外国人が購入出来ること(資本移動の自由)の関係性を考えてみたいと思います。
普段私達が何気なく使っているこの”言葉”ですが、これを使えなくなるという事態、あるいは使っていても制限されるという状況を考えたことがありますでしょうか。 以前、言葉の力を甘く見てはいけないという記事を書いた時にはまだ、今回の記事で書くことは説明しなかったと思います。