独立を失ったのになぜ終戦”記念日”なのか?

昨日は、終戦した日でした。

東京は生憎の天気でしたが、九段には多くの方がいらっしゃいました。

毎年、この時期になるとNHKを始めとする各、マスコミが「戦争の悲惨さ」や「軍部に騙された日本国民」といったニュアンスの特集が組まれます。

見方を変えれば、この時期の我が国のマスコミは「プロパガンダ色」が強めになるという特徴があります。

プロパガンダは基本的に、「恐怖と憎悪」を基軸とした情報操作ですので、この時期は特に情報操作のし易い時期ということになるのです。

戦争は悲惨だということなんて誰でもわかっているのに、しつこいほどその戦争の悲惨さを強調し続けます。

これには、戦争=怖い、戦争=悪、という刷り込みを繰り返し行うことで、大衆の意識に書き込むという目的があるのです。

この目的が達成されれば、日本国民の意識の中に「祖国を守る」などといった意識が生まれるはずもないことは、想像に難しくないと思います。

こういったことを書くと、戦争を賛美しているとレッテルを貼られることも多いのですが、反対意見の者にはレッテル貼りを用いて黙らせるという手段も使われますから、実社会でこの手の話題を扱う時は注意が必要です。

当初私は、このようなレッテル貼りをする人達というのは、極論でしか考える事のできない人というふうに思っていましたが、その割合としては、概ね6割ぐらいのような気がします。

4割は、ワザとレッテル貼りをして黙らせるという技術を知っていると。と言うよりも知っている体で相手を判断したほうが良いなと思うこの頃です。

関連して最近すごく見るようになったことがあります。

それは、「大東亜戦争は民族解放の戦争である」という認識ですが、ここまでならそういった事実、少なくとも側面はあるとは思うので、まだ良いのですが、問題は

戦争には負けたけど民族解放の目的は達することができたから、実質勝ったようなものである」

といった論調です。

ここに関しては非常に違和感があるので、この記事ではこの辺りを考えてみたいと思います。

実は勝った説の中身

一言で言えば、

「”太平洋戦争”には負けたけど大東亜戦争には勝ったんだ」

といったことです。

太平洋戦争という呼称は、戦後アメリカに占領されていた時にこう言えと指示を受けて使われるようになった言葉です。

要は、占領期にアメリカから押し付けられた言葉のひとつです。

言葉の力を甘く見てはいけない

一方、大東亜戦争はアジア解放の戦争であり、我が国の議会で閣議決定された呼び方であるということになっています。

私は、基本的にこの言葉を使っています。

つまり大東亜戦争は日本視点からの言葉であり、太平洋戦争はアメリカ視点ということになります。

ということは、太平洋戦争には負けたけど大東亜戦争には勝ったという意味には、以下のような意味が包含されます。

太平洋戦争(大東亜戦争)は、形式的、軍事的にはアメリカに敗北したが、アジア解放という戦争における大義名分は果たせた。その証拠に、欧米の植民地だったアジア各国の独立には日本の戦いによってきっかけが作られたと各国の大統領も言っている。日本は戦争には敗けたものの、結果として戦争目的を達成することができた。これは実質的には勝利したということだ」

ということになるかと思います。

この主張を延長すると以下のようになります。

だから、日本は自信を持ってアジアの代表と自覚して、あ同盟国であるアメリカと共に、繁栄、平和を作っていかなければならない。日本は負けていないのだからアメリカとは対等である」

となるのです。

この説には、日本人の敗北感や劣等感、鬱憤などを晴らしてくれるような自己肯定感を感じさせてくれるメリットがあります。

ところが、そのように考えても問題の本質、「何故戦争に負けたのか?」と言ったところを受け止め、改善しようとする姿勢がなければそれは単なる「負け惜しみ」になってしまいます。

戦争に敗けた場合に考えることは通常、「二度と敗けないようにする」が自然ですが、我が国では、

「二度と過ちを繰り返しません」となってしまいました。

 

 

 

確かに形式的には負けてないと言えます。

玉音放送の内容を鑑みれば、「世界平和のために戦争を終結させた」と言えるからです。

以下こちらから引用

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世界の情勢と日本の現状を深く考えた結果、緊急の方法でこの事態を収拾したい。忠実なあなた方臣民に告ぐ。

私は、「共同宣言を受け入れる旨をアメリカ、イギリス、中国、ソビエトの4カ国に伝えよ」と政府に指示した。

日本臣民が平穏無事に暮らし、全世界が栄え、その喜びを共有することは歴代天皇が遺した教えで、私も常に心に持ち続けてきた。アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定を願うからであり、他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。

だが戦争は4年も続き、陸海将兵の勇敢な戦いぶりも、多くの官僚の努力も、一億臣民の奉公も、それぞれが最善を尽くしたが戦況はよくならず、世界情勢もまた日本に有利ではない。その上、敵は新たに、残虐な爆弾を使用して多くの罪のない人を殺し、被害の及ぶ範囲を測ることもできない。このまま戦争を続ければ、日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明も破壊してしまうだろう。

そんなことになってしまえば、どうやって私は多くの臣民を守り、歴代天皇の霊に謝罪すればよいのか。これが、私が政府に共同宣言に応じるように命じた理由だ。

私は、東アジアの解放のために日本に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない。戦地で命を失った者、職場で命を失った者、思いがけず命を落とした者、またその遺族のことを考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。戦争で傷を負い、被害にあって家や仕事を失った者の生活についても、とても心配だ。

これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。臣民のみんなが思うところも私はよくわかっている。けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し、今後の未来のために平和への道を開いていきたい。

私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある。感情の赴くままに問題を起こしたり、仲間同士で排斥したり、時局を混乱させたりして、道を外し、世界からの信用を失うことは、私が最も戒めたいことだ。

国がひとつとなって家族のように団結し、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを心に留め、総力を将来の建設のために傾け、道義を大切にし、固くその考えを守り、国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい。

あなた方臣民は、これらが私の意志だと思い、実現してほしい。

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個人的に思うところは、正に耐え難きを耐えて、戦争に敗けるという汚名を着せられることになるのであれば、国民、臣民が行うべきことは、実は負けてなかったんだと痩せ我慢して負け惜しみをすることでも、玉音放送を真に受けて「敗けてやったんだ」とナイーブに考えることでもないはずだということです。

このような考え方が正しいのだとすると、戦争で亡くなった全ての方々に対して、無礼、失礼になるのではないかと考えてしまうのです。

何故なら、国を想い、家族を想い亡くなってしまった方々のお気持ちを汲んでいる行動がこのような、「実は負けてやったんだ説」だとすると、無くなった方々は何のためにお国に命を捧げたのかわからなくなってしまいます。

この説の罪深いところは、愛国心をカサにきて戦死者や戦争犯罪である民間人に対する空襲などで無くなった方々を、「国家の礎」のように判断しているように言わざるを得ないところです。

実は勝った説の悪影響

前段でひとつこの論の悪影響を考えてみましたが、これに関連して更なる悪影響の形が見られます。

例えば、アメリカ追従路線を思考停止的に善とするものです。

我が国にも国体というものがありますが、それが徐々にアメリカナイズされている現実を観ても、彼らは思考停止的に善としてしまうきらいがあります。

アメリカがグローバリズムを推進すれば、グローバリズムは正しいとなりますし、イラク戦争もアメリカが行うと言えばそれは正しいということになります。

でもおかしいのは、アメリカ追従路線をひた走ることが何故、善となるのか?

我が国は、アメリカと戦後共に歩んできた。実は戦争に負けてないんだから、アメリカに敵愾心を持つ必要もない。日本は戦後、アメリカとともに歩み、戦後焼け跡の中から努力し世界第2位の経済大国まで上り詰めた誇らしい民族なのだ。」

と考えれば、どのように我が国をアメリカナイズされようが、それは、「日本の主体的な判断」と言えてしまうのです。

実態はご存知の通り、ほぼほぼ植民地ということになります。

日本が独立国ではない2つの事実

株式会社化する日本

日本の保守には”ナショナリズム”がない

日本の保守には”ナショナリズム”がない

構造改革という名の民営化

また、この論は「愛国心」という防御装置が根幹にあるので、非難しづらいところがあるのです。

現在の我が国にとって愛国心を持つことは素晴らしいことですし、それについて全く否定するつもりはありません。

更に、街宣右翼が社会にイメージ付けをしたために、ちょっとマッチョな、言葉を選ばずに言えば、「ちょいワル」を演出できてしまうので、あるチンピラなんかはこの説を真実と思い込み、当時の日本に憧れる場合もあるというのです。

これら以外にも、正直数え切れないほどの悪影響があると私は感じます。

日米合同委員会の存在もそうですし、自民党清和会の存在、経団連など、全てがひとつと言えるほどに影響が関連しあっているのです。

実は勝ったんだ説に嘘はあるのか?

もちろん嘘はありますし、都合の悪い情報は隠します。

1934年アメリカ議会は、1946年にフィリピンを独立させることを決定していたところ、日本がしゃしゃり出てフィリピンの独立を阻んだといった歴史観は有名ですし、フィリピンの方々にとっては真実です。

http://www12.plala.or.jp/rekisi/huliripinn.html

フィリピンの方々から観ればそう思うのも無理はありません。

何人かいる私のフィリピン人の友人の祖母は大抵、反日感情があったので、なんでだろうと思い調べてみたらそういうことかと腑に落ちたのです。

まあ、これをアメリカが戦争を仕掛けたから(ハルノート)フィリピンの独立が遅くなったんだと主張するかと思いますが、フィリピン人目線では受け入れ難いでしょう。

以下がアジア各国の独立年表です。

 

アジア各国の独立年表

アジア解放の為の戦争という側面もあったと思いますし、資源に関わる自衛戦争であったということも否定はしませんが、

「俺達が、アジア各国の独立の切っ掛けを作ったんだ!」

では、流石にダサいと思うのです。

アジア各国側がそれを言うのは、全然構いませんし、嬉しいことだなと思いますが、それを行った国の子孫である現代日本人が、自分で恩着せがましいことを言ってしまうのはなんとも滑稽に見えてしまいます。

 

これでは「親の遺産を自慢する甘ったれのボンボン」に過ぎないので、恥ずかしいからやめてほしいと心から願っています。

まとめ

つらつら書いてきましたが、賛否あるかと思います。

私は、日本左翼がダメなのははっきりしてますが、保守と言われる人達に襟を正していただかなければ、我が国が滅ぶと考えていますので、このような書き方になってしまいました。

我が国に保守は、”保守”なのに構造改革が大好きですし、未だに頭の中は恐らく冷戦構造のままです。

そうでなければ、今のアメリカに追従していたらヤバいくらい思いそうなものですが、そういった議論がされていないところを観ると、重症と言わざるを得ません。

 

保守の方々には、一度戦後日本人のダメさ加減を受け入れなけば、いつまでもこの実は勝ったんだ説に寄っかかり、中韓を非難してやり過ごそうというこれまで行ってきたことをまた繰り返すだけです。

つまり、戦後この説に屈服した偽装保守みたいな連中は、「耐え難き」を耐えられず、昭和天皇のお言葉を実践できなかった天皇陛下万歳的な愛国者ということになるのです。

非常に辛辣な書き方で恐縮ですが、事実なので仕方ありません。

 

戦後、我が国は反省したのでしょうが、その反省の結果が今の我が国です。

実は反省ではなく、言い逃れ、負け惜しみをしてきたんだと思うと悲しくなりますが、それでも我が国は我が国です。

 

独立を失った日を喜ぶようにプログラムされている日本人には、甘い治療では効かないでしょう。

私はこの日を記念なんかにしたくありません。

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